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第一章 玉鬘の物語 蛍の光によって姿を見られる    

5. 兵部卿宮、玉鬘にますます執心す     

 

本文

現代語訳

 宮は、人のおはするほど、さばかりと推し量りたまふが、すこし気近きけはひするに、御心ときめきせられたまひて、えならぬ羅の帷子の隙より見入れたまへるに、一間ばかり隔てたる見わたしに、かくおぼえなき光のうちほのめくを、をかしと見たまふ。

 宮は、姫のいらっしゃる所を、あの辺だと推量なさるが、割に近い感じがするので、つい胸がどきどきなさって、なんとも言えないほど素晴らしい羅の帷子の隙間からお覗きになると、柱一間ほど隔てた見通しの所に、このように思いがけない光がちらつくのを、美しいと御覧になる。

 ほどもなく紛らはして隠しつ。されどほのかなる光、艶なることのつまにもしつべく見ゆ。ほのかなれど、そびやかに臥したまへりつる様体のをかしかりつるを、飽かず思して、げに、このこと御心にしみにけり。

 間もなく見えないように取り隠した。けれどもほのかな光は、風流な恋のきっかけにもなりそうに見える。かすかであるが、すらりとした身を横にしていらっしゃる姿が美しかったのを、心残りにお思いになって、なるほど、この趣向はお心に深くとまったのであった。

 「鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに

   人の消つには消ゆるものかは

  思ひ知りたまひぬや」

 「鳴く声も聞こえない螢の火でさえ

   人が消そうとして消えるものでしょうか

  ご存知いただけたでしょうか」

 と聞こえたまふ。かやうの御返しを、思ひまはさむもねぢけたれば、疾きばかりをぞ。

 と申し上げなさる。このような場合のお返事を、思案し過ぎるのも素直でないので、早いだけを取柄に。

 「声はせで身をのみ焦がす蛍こそ

   言ふよりまさる思ひなるらめ」

 「声には出さずひたすら身を焦がしている螢の方が

   口に出すよりもっと深い思いでいるでしょう」

 など、はかなく聞こえなして、御みづからは引き入りたまひにければ、いとはるかにもてなしたまふ愁はしさを、いみじく怨みきこえたまふ。

 などと、さりげなくお答え申して、ご自身はお入りになってしまったので、とても疎々しくおあしらいなさるつらさを、ひどくお恨み申し上げなさる。

 好き好きしきやうなれば、ゐたまひも明かさで、軒の雫も苦しさに、濡れ濡れ夜深く出でたまひぬ。時鳥などかならずうち鳴きけむかし。うるさければこそ聞きも止めね。

 好色がましいようなので、そのまま夜をお明かしにならず、軒の雫も苦しいので、濡れながらまだ暗いうちにお出になった。ほととぎすなどもきっと鳴いたことであろう。わずらわしいので耳も留めなかった。

 「御けはひなどのなまめかしさは、いとよく大臣の君に似たてまつりたまへり」と、人びともめできこえけり。昨夜、いと女親だちてつくろひたまひし御けはひを、うちうちは知らで、「あはれにかたじけなし」と皆言ふ。

 「ご様子などの優美さは、とてもよく大臣の君にお似申していらっしゃる」と、女房たちもお褒め申し上げるのであった。昨夜、すっかり母親のようにお世話やきなさったご様子を、内情は知らないで、「しみじみとありがたい」と女房一同は言う。



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