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紅葉賀

第四章 源典侍の物語 老女との好色事件

4. 翌日、源氏と頭中将と宮中で応酬しあう

 

本文

現代語訳

 君は、「いと口惜しく見つけられぬること」と思ひ、臥したまへり。内侍は、あさましくおぼえければ、落ちとまれる御指貫、帯など、つとめてたてまつれり。

 君は、「実に残念にも見つけられてしまったことよ」と思って、臥せっていらっしゃった。典侍は、情けないことと思ったが、落としていった御指貫や、帯などを、翌朝お届け申した。

 「恨みてもいふかひぞなきたちかさね

  引きてかへりし波のなごりに

  底もあらはに」

 「恨んでも何の甲斐もありません

   次々とやって来ては帰っていったお二人の波の後では

  底もあらわになって」

 とあり。「面無のさまや」と見たまふも憎けれど、わりなしと思へりしもさすがにて、

 とある。「臆面もないありさまだ」と御覧になるのも憎らしいが、困りきっているのもやはりかわいそうなので、

 「荒らだちし波に心は騒がねど

  寄せけむ磯をいかが恨みぬ」

 「荒々しく暴れた頭中将には驚かないが

   その彼を寄せつけたあなたをどうして恨まずにはいられようか」

 とのみなむありける。帯は、中将のなりけり。わが御直衣よりは色深し、と見たまふに、端袖もなかりけり。

  「あやしのことどもや。おり立ちて乱るる人は、むべをこがましきことは多からむ」と、いとど御心をさめられたまふ。

  中将、宿直所より、「これ、まづ綴ぢつけさせたまへ」とて、おし包みておこせたるを、「いかで取りつらむ」と、心やまし。「この帯を得ざらましかば」と思す。その色の紙に包みて、

 とだけあった。帯は、中将のであった。ご自分の直衣よりは色が濃い、と御覧になると、端袖もないのであった。

 「見苦しいことだ。夢中になって浮気に耽る人は、このとおり馬鹿馬鹿しい目を見ることも多いのだろう」と、ますます自重せずにはいらっしゃれない。

 中将が、宿直所から、「これを、まずはお付けあそばせ」といって、包んで寄こしたのを、「どうやって、持って行ったのか」と憎らしく思う。「この帯を獲らなかったら、大変だった」とお思いになる。同じ色の紙に包んで、

 「なか絶えばかことや負ふと危ふさに

  はなだの帯を取りてだに見ず」

 「仲が切れたらわたしのせいだと非難されようかと思ったが

   縹の帯などわたしには関係ありません」

 とて、やりたまふ。立ち返り、

 といって、お遣りになる。折り返し、

 「君にかく引き取られぬる帯なれば

  かくて絶えぬるなかとかこたむ

  え逃れさせたまはじ」

  とあり。

 「あなたにこのように取られてしまった帯ですから

   こんな具合に仲も切れてしまったものとしましょうよ

  逃れることはできませんよ」

 とある。

 日たけて、おのおの殿上に参りたまへり。いと静かに、もの遠きさましておはするに、頭の君もいとをかしけれど、公事多く奏しくだす日にて、いとうるはしくすくよかなるを見るも、かたみにほほ笑まる。人まにさし寄りて、

  「もの隠しは懲りぬらむかし」

  とて、いとねたげなるしり目なり。

  「などてか、さしもあらむ。立ちながら帰りけむ人こそ、いとほしけれ。まことは、憂しや、世の中よ」

  と言ひあはせて、「鳥籠の山なる」と、かたみに口がたむ。

 日が高くなってから、それぞれ殿上に参内なさった。とても落ち着いて、知らぬ顔をしていらっしゃると、頭の君もとてもおかしかったが、公事を多く奏上し宣下する日なので、実に端麗に真面目くさっているのを見るのも、お互いについほほ笑んでしまう。人のいない隙に近寄って、

  「秘密事は懲りたでしょう」

  と言って、とても憎らしそうな流し目である。

  「どうして、そんなことがありましょう。そのまま帰ってしまったあなたこそ、お気の毒だ。本当の話、嫌なものだよ、男女の仲とは」

  と言い交わして、「鳥籠の山にある川の名」と、互いに口固めしあう。

 さて、そののち、ともすればことのついでごとに、言ひ迎ふるくさはひなるを、いとどものむつかしき人ゆゑと、思し知るべし。女は、なほいと艶に怨みかくるを、わびしと思ひありきたまふ。

 さて、それから後、ともすれば何かの折毎に、話に持ち出す種とするので、ますますあの厄介な女のためにと、お思い知りになったであろう。女は、相変わらずまこと色気たっぷりに恨み言をいって寄こすが、興醒めだと逃げ回りなさる。

 中将は、妹の君にも聞こえ出でず、ただ、「さるべき折の脅しぐさにせむ」とぞ思ひける。やむごとなき御腹々の親王たちだに、主上の御もてなしのこよなきにわづらはしがりて、いとことにさりきこえたまへるを、この中将は、「さらにおし消たれきこえじ」と、はかなきことにつけても、思ひいどみきこえたまふ。

 中将は、妹の君にも申し上げず、ただ、「何かの時の脅迫の材料にしよう」と思っていた。高貴な身分の妃からお生まれになった親王たちでさえ、お上の御待遇がこの上ないのを憚って、とても御遠慮申し上げていらっしゃるのに、この中将は、「絶対に圧倒され申すまい」と、ちょっとした事柄につけても対抗申し上げなさる。

 この君一人ぞ、姫君の御一つ腹なりける。帝の御子といふばかりにこそあれ、我も、同じ大臣と聞こゆれど、御おぼえことなるが、皇女腹にてまたなくかしづかれたるは、何ばかり劣るべき際と、おぼえたまはぬなるべし。人がらも、あるべき限りととのひて、何ごともあらまほしく、たらひてぞものしたまひける。この御仲どもの挑みこそ、あやしかりしか。されど、うるさくてなむ。

 この君一人が、姫君と同腹なのであった。帝のお子というだけだ、自分だって、同じ大臣と申すが、ご信望の格別な方が、内親王腹にもうけた子息として大事に育てられているのは、どれほども劣る身分とは、お思いにならないのであろう。人となりも、すべて整っており、どの面でも理想的で、満ち足りていらっしゃるのであった。このお二方の競争は、変わっているところがあった。けれども、煩わしいので省略する。



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