第一章 六条御息所の物語 御禊見物の車争いの物語

3. 賀茂祭の当日、紫の君と見物

  本文  現代語訳
  今日は、二条院に離れおはして、祭見に出でたまふ。西の対に渡りたまひて、惟光に車のこと仰せたり。   今日は、二条の院に離れていらして、祭を見物にお出かけになる。西の対にお渡りになって、惟光に車のことをお命じになってある。
  「女房出で立つや」   「女房たちも出かけますか」
  とのたまひて、姫君のいとうつくしげにつくろひたてておはするを、うち笑みて見たてまつりたまふ。   とおっしゃって、姫君がとてもかわいらしげにおめかししていらっしゃるのを、ほほ笑みながら拝見なさる。
   
  「君は、いざたまへ。もろともに見むよ」    「あなたは、さあいらっしゃい。一緒に見物しようよ」
  とて、御髪の常よりもきよらに見ゆるを、かきなでたまひて、   と言って、お髪がいつもより美しく見えるので、かき撫でなさって、
 「久しう削ぎたまはざめるを、今日は、吉き日ならむかし」   「長い間、お切り揃えにならなかったようだが、今日は、日柄も吉いのだろうかな」
  とて、暦の博士召して、時問はせなどしたまふほどに   と言って、暦の博士をお呼びになって、時刻を調べさせたりしていらっしゃる間に、
  「まづ、女房出でね」   「まずは、女房たちから出発だよ」
  とて、童の姿どものをかしげなるを御覧ず。いとらうたげなる髪どものすそ、はなやかに削ぎわたして、浮紋の表の袴にかかれるほど、けざやかに見ゆ。   と言って、童女の姿態のかわいらしいのを御覧になる。とてもかわいらしげな髪の裾、皆こざっぱりと削いで、浮紋の表の袴に掛かっている様子が、くっきりと見える。
   
  「君の御髪は、我削がむ」とて、「うたて、所狭うもあるかな。いかに生ひやらむとすらむ」  「あなたのお髪は、わたしが削ごう」と言って、「何と嫌に、たくさんあるのだね。どんなに長くおなりになることだろう」
  と、削ぎわづらひたまふ。    と、削ぐのにお困りになる。
  「いと長き人も、額髪はすこし短うぞあめるを、むげに後れたる筋のなきや、あまり情けなからむ」  「とても髪の長い人も、額髪は少し短めにあるようだのに、少しも後れ毛のないのも、かえって風情がないだろう」
  とて、削ぎ果てて、「千尋」と祝ひきこえたまふを、少納言、「あはれにかたじけなし」と見たてまつる。   と言って、削ぎ終わって、「千尋に」とお祝い言をお申し上げになるのを、少納言、「何とももったいないことよ」と拝し上げる。
 

 「はかりなき千尋の底の海松ぶさの

  生ひゆくすゑは我のみぞ見む」

 

 「限りなく深い海の底に生える海松のように

   豊かに成長してゆく黒髪はわたしだけが見届けよう」

  と聞こえたまへば、   と申し上げなさると、
 

「千尋ともいかでか知らむ定めなく

  満ち干る潮ののどけからぬに」

 

 「千尋も深い愛情を誓われてもがどうして分りましょう

   満ちたり干いたり定めない潮のようなあなたですもの」

  と、ものに書きつけておはするさま、らうらうじきものから、若うをかしきを、めでたしと思す。   と、何かに書きつけていられる様子、いかにも物慣れている感じがするが、初々しく美しいのを、素晴らしいとお思いになる。
   
  今日も、所もなく立ちにけり。馬場の御殿のほどに立てわづらひて、   今日も、隙間のなく立ち並んでいるのであった。馬場殿の付近に止めあぐねて、
  「上達部の車ども多くて、もの騒がしげなるわたりかな」   「上達部たちの車が多くて、何となく騒がしそうな所だな」
  と、やすらひたまふに、よろしき女車の、いたう乗りこぼれたるより、扇をさし出でて、人を招き寄せて、   と、ためらっていらっしゃると、まあまあの女車で、派手に袖口を出している所から、扇を差し出して、供人を招き寄せて、
  「ここにやは立たせたまはぬ。所避りきこえむ」   「ここにお止めになりませんか。場所をお譲り申しましょう」
  と聞こえたり。「いかなる好色者ならむ」と思されて、所もげによきわたりなれば、引き寄せさせたまひて、   と申し上げた。「どのような好色な人だろう」とついお思われなさって、場所もなるほど適した所なので、引き寄させなさって、
 

 「いかで得たまへる所ぞと、ねたさになむ」

  とのたまへば、よしある扇のつまを折りて、

 

  「どのようにしてお取りになった所かと、羨ましくて」

  とおっしゃると、風流な桧扇の端を折って、

 

 「はかなしや人のかざせる葵ゆゑ

  神の許しの今日を待ちける

 注連の内には」

 

 「あら情けなや、他の人と同車なさっているとは

   神の許す今日の機会を待っていましたのに

  神域のような所には」

  とある手を思し出づれば、かの典侍なりけり。   とある筆跡をお思い出しになると、あの典侍なのであった。
   
 「あさましう、旧りがたくも今めくかな」と、憎さに、はしたなう、  「あきれた、相変わらず風流めかしているなあ」と、憎らしい気がして、無愛想に、
 

「かざしける心ぞあだにおもほゆる

  八十氏人になべて逢ふ日を」

 

「そのようにおっしゃるあなたの心こそ当てにならないものと思いますよ

   たくさんの人々に誰彼となく靡くものですから」

 女は、「つらし」と思ひきこえけり。   女は、「ひどい」とお思い申し上げるのであった。
 

「悔しくもかざしけるかな名のみして

  人だのめなる草葉ばかりを」

 

 「ああ悔しい、葵に逢う日を当てに楽しみにしていたのに

   わたしは期待を抱かせるだけの草葉に過ぎないのですか」

  と聞こゆ。人と相ひ乗りて、簾をだに上げたまはぬを、心やましう思ふ人多かり。  と申し上げる。女性と同車しているので、簾をさえお上げにならないのを、妬ましく思う人々が多かった。
   
   「一日の御ありさまのうるはしかりしに、今日うち乱れて歩きたまふかし。誰ならむ。乗り並ぶ人、けしうはあらじはや」と、推し量りきこゆ。「挑ましからぬ、かざし争ひかな」と、さうざうしく思せど、かやうにいと面なからぬ人はた、人相ひ乗りたまへるにつつまれて、はかなき御いらへも、心やすく聞こえむも、まばゆしかし。   「先日のご様子が端麗でご立派であったのに、今日はくだけていらっしゃること。誰だろう。一緒に乗っている人は、悪くはない人に違いない」と、推量申し上げる。「張り合いのない、かざしの歌争いであったな」と、物足りなくお思いになるが、この女のように大して厚かましくない人は、やはり女性が相乗りなさっているのに自然と遠慮されて、ちょっとしたお返事も、気安く申し上げるのも、面映ゆいに違いない。