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第二章 葵の上の物語 六条御息所がもののけとなってとり憑く物語

2. 源氏、御息所を旅所に見舞う

 

本文

現代語訳

 かかる御もの思ひの乱れに、御心地、なほ例ならずのみ思さるれば、ほかに渡りたまひて、御修法などせさせたまふ。大将殿聞きたまひて、いかなる御心地にかと、いとほしう、思し起して渡りたまへり。

  例ならぬ旅所なれば、いたう忍びたまふ。心よりほかなるおこたりなど、罪ゆるされぬべく聞こえつづけたまひて、悩みたまふ人の御ありさまも、憂へきこえたまふ。

 このようなお悩みのせいで、お加減が、やはり普段のようではなくばかりお感じになるので、別の御殿にお移りになって、御修法などをおさせになる。大将殿はお聞きになって、どのようなお加減でいられるのかと、おいたわしく、ご決意なさってお見舞いにいらっしゃった。

  いつもと違った仮のご宿所なので、たいそう忍んでいらっしゃる。心ならずもご無沙汰していることなど、許してもらえるよう詫び言を縷々申し上げなさって、お悩みでいらっしゃるご様子についても、訴え申される。

 「みづからはさしも思ひ入れはべらねど、親たちのいとことことしう思ひまどはるるが心苦しさに、かかるほどを見過ぐさむとてなむ。よろづを思しのどめたる御心ならば、いとうれしうなむ」

  など、語らひきこえたまふ。常よりも心苦しげなる御けしきを、ことわりに、あはれに見たてまつりたまふ。

 「自分ではそれほども心配しておりませんが、親たちがとても大変な心配のしようなのが気の毒で、そのような時が過ぎてからと存じておりましたもので。万事おおらかにお許しいただけるお気持ちならば、まこと嬉しいのですが」

  などと、こまごまとお話し申し上げなさる。いつもよりも痛々しげなご様子を、無理もないことと、しみじみ哀れに拝見なさる。

 うちとけぬ朝ぼらけに、出でたまふ御さまのをかしきにも、なほふり離れなむことは思し返さる。

  「やむごとなき方に、いとど心ざし添ひたまふべきことも出で来にたれば、一つ方に思ししづまりたまひなむを、かやうに待ちきこえつつあらむも、心のみ尽きぬべきこと」

  なかなかもの思ひのおどろかさるる心地したまふに、御文ばかりぞ、暮れつ方ある。

 打ち解けぬままの明け方に、お帰りになるお姿の美しさにつけても、やはり振り切って別れることは、考え直さずにはいらっしゃれない。

  「正妻の方に、ますますご愛情がお増しになるに違いないおめでたが生じたので、お一方の所に納まってしまわれるに違いないのを、このようにお待ち申しお待ち申しているのも、物思いも尽くし果ててしまうに違いないこと」

  かえって物思いを新たになさっていたところに、後朝の文だけが、夕方にある。

 「日ごろ、すこしおこたるさまなりつる心地の、にはかにいといたう苦しげにはべるを、え引きよかでなむ」

  とあるを、「例のことつけ」と、見たまふものから、

 「ここ数日来、少し回復して来たようだった気分が、急にとてもひどく苦しそうに見えましたので、どうしても目を放すことができませんで」

  とあるのを、「例によって言い訳を」と、御覧になるものの、

 「袖濡るる恋路とかつは知りながら

  おりたつ田子のみづからぞ憂き

 『山の井の水』もことわりに」

 「袖を濡らす恋とは分かっていながら

   そうなってしまうわが身の疎ましいことよ

  『山の井の水』も、もっともなことです」

 とぞある。「御手は、なほここらの人のなかにすぐれたりかし」と見たまひつつ、「いかにぞやもある世かな。心も容貌も、とりどりに捨つべくもなく、また思ひ定むべきもなきを」苦しう思さる。御返り、いと暗うなりにたれど、

  「袖のみ濡るるや、いかに。深からぬ御ことになむ。

 とある。「ご筆跡は、やはり数多い女性の中で抜きん出ている」と御覧になりながら、「どうしてこうも思うようにならないのかなあ。気立ても容貌も、それぞれに捨ててよいものでなく、その反面これぞと思える人もいないことだ」。苦しくお思いになる。お返事は、たいそう暗くなってしまったが、

 「袖ばかり濡れるとは、どうしたことで。愛情がお深くないこと。

  浅みにや人はおりたつわが方は

  身もそぼつまで深き恋路を

  袖が濡れるとは浅い所にお立ちだからでしょう

   わたしは全身ずぶ濡れになるほど深い所に立っております

 おぼろけにてや、この御返りを、みづから聞こえさせぬ」

  などあり。

 並々の気持ちで、このお返事を、直接に訴え申し上げずにいられましょうか」

  などとある。



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