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蓬生

第一章 末摘花の物語 光る源氏の須磨明石離京時代

2. 常陸宮邸の窮乏

 

本文

現代語訳

 もとより荒れたりし宮の内、いとど狐の棲みかになりて、うとましう、気遠き木立に、梟の声を朝夕に耳ならしつつ、人気にこそ、さやうのものもせかれて影隠しけれ、木霊など、けしからぬものども、所得て、やうやう形を現はし、ものわびしきことのみ数知らぬに、まれまれ残りてさぶらふ人は、

 もともと荒れていた宮の邸の中、ますます狐の棲みかとなって、気味悪く、人気のない木立に、梟の声を毎日耳にして、人気のあるによって、そのような物どもも阻まれて姿を隠していたが、木霊などの怪異の物どもが、我がもの顔になって、だんだんと姿を現し、何ともやりきれないことばかりが数知らず増えて行くので、たまたま残っていてお仕えしている女房は、

 「なほ、いとわりなし。この受領どもの、おもしろき家造り好むが、この宮の木立を心につけて、放ちたまはせてむやと、ほとりにつきて、案内し申さするを、さやうにせさせたまひて、いとかう、もの恐ろしからぬ御住まひに、思し移ろはなむ。立ちとまりさぶらふ人も、いと堪へがたし」

 「やはり、まこと困ったことです。最近の受領どもで、風流な家造りを好む者が、この宮の木立に心をかけて、お手放しにならないかと、伝を求めて、ご意向を伺わせていますが、そのようにあそばして、とてもこう、恐ろしくないお住まいに、ご転居をお考えになってください。今も残って仕えている者も、とても我慢できません」

 など聞こゆれど、

 などと申し上げるが、

 「あな、いみじや。人の聞き思はむこともあり。生ける世に、しか名残なきわざ、いかがせむ。かく恐ろしげに荒れ果てぬれど、親の御影とまりたる心地する古き住みかと思ふに、慰みてこそあれ」

 「まあ、とんでもありません。世間の外聞もあります。生きているうちに、そのようなお形見を何もかも無くしてしまうなんて、どうしてできましょう。このように恐ろしそうにすっかり荒れてしまったが、親の面影がとどまっている心地がする懐かしい住まいだと思うから、慰められるのです」

 と、うち泣きつつ、思しもかけず。

  御調度どもを、いと古代になれたるが、昔やうにてうるはしきを、なまもののゆゑ知らむと思へる人、さるもの要じて、わざとその人かの人にせさせたまへると尋ね聞きて、案内するも、おのづからかかる貧しきあたりと思ひあなづりて言ひ来るを、例の女ばら、

 と、泣く泣くおっしゃって、お考えにも入れない。

  お道具類も、たいそう古風で使い馴れているのが、昔風で立派なのを、なまはんかに由緒を尋ねようとする者、そのような物を欲しがって、特別にあの人この人にお作らせになったのだと聞き出して、お伺いを立てるのも、自然とこのような貧しいあたりと侮って言って来るのを、いつもの女房、

 「いかがはせむ。そこそは世の常のこと」

 「しかたがございません。そうすることが世間一般のこと」

 とて、取り紛らはしつつ、目に近き今日明日の見苦しさを繕はむとする時もあるを、いみじう諌めたまひて、

 と思って、目立たぬように取り計らって、眼前の今日明日の生活の不自由を繕う時もあるのを、きつくお叱りになって、

 「見よと思ひたまひてこそ、しおかせたまひけめ。などてか、軽々しき人の家の飾りとはなさむ。亡き人の御本意違はむが、あはれなること」

 「わたしのためにとお考えになって、お作らせになったのでしょう。どうして、賤しい人の家の飾り物にさせましょうか。亡きお父上のご遺志に背くのが、たまりません」

 とのたまひて、さるわざはせさせたまはず。

 とおっしゃって、そのようなことはおさせにならない。


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