第四章 冷泉帝の物語 出生の秘密と譲位ほのめかし
1. 夜居僧都、帝に密奏
本文 |
現代語訳 |
御わざなども過ぎて、事ども静まりて、帝、もの心細く思したり。この入道の宮の御母后の御世より伝はりて、次々の御祈りの師にてさぶらひける僧都、故宮にもいとやむごとなく親しきものに思したりしを、朝廷にも重き御おぼえにて、いかめしき御願ども多く立てて、世にかしこき聖なりける、年七十ばかりにて、今は終りの行なひをせむとて籠もりたるが、宮の御事によりて出でたるを、内裏より召しありて、常にさぶらはせたまふ。 |
ご法事なども終わって、諸々の事柄も落ち着いて、帝、何となく心細くお思いであった。この入道の宮の母后の御代から伝わって、代々のご祈祷の僧としてお仕えしてきた僧都、故宮におかれてもたいそう尊敬なさって信頼していらっしゃったが、帝におかせられても御信任厚くて、重大な御勅願をいくつもお立てになって、実にすぐれた僧侶であったが、年は七十歳ほどで、今は自分の後生を願うための勤行をしようと思って籠もっていたのだが、宮の御事のために出て来ていたのを、宮中からお召しがあって、いつも伺候させてお置きになる。 |
このごろは、なほもとのごとく参りさぶらはるべきよし、大臣も勧めのたまへば、 |
これからは、やはり以前同様に参内してお仕えするように、大臣もお勧めおっしゃるなるので、 |
「今は、夜居など、いと堪へがたうおぼえはべれど、仰せ言のかしこきにより、古き心ざしを添へて」 |
「今では、夜居のお勤めなどは、とても堪えがたく思われますが、お言葉の恐れ多いのによって、昔からのご厚志に感謝を込めて」 |
とて、さぶらふに、静かなる暁に、人も近くさぶらはず、あるはまかでなどしぬるほどに、古代にうちしはぶきつつ、世の中のことども奏したまふついでに、 |
と言って、お仕えしたが、静かな暁に、誰もお側近くにいないで、ある人は里に退出などしていた折に、老人っぽく咳をしながら、世の中の事どもを奏上なさるついでに、 |
「いと奏しがたく、かへりては罪にもやまかり当たらむと思ひたまへ憚る方多かれど、知ろし召さぬに、罪重くて、天眼恐ろしく思ひたまへらるることを、心にむせびはべりつつ、命終りはべりなば、何の益かははべらむ。仏も心ぎたなしとや思し召さむ」 |
「まことに申し上げにくく、申し上げたらかえって罪に当たろうかと憚り存じられることが多いのですが、御存じでないために、罪が重くて、天眼が恐ろしく存じられますことを、心中に嘆きながら、寿命が終わってしまいましたならば、何の益がございましょうか。仏も不正直なとお思いになるでしょう」 |
とばかり奏しさして、えうち出でぬことあり。 |
とだけ申し上げかけて、それ以上言えないことがある。 |