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乙女

第四章 内大臣家の物語 雲居雁の養育をめぐる物語

2. 内大臣、乳母らを非難する

 

本文

現代語訳

 姫君は、何心もなくておはするに、さしのぞきたまへれば、いとらうたげなる御さまを、あはれに見たてまつりたまふ。

 姫君は、何もご存知でなくていらっしゃるのを、お覗きになると、とてもかわいらしいご様子なのを、しみじみと拝見なさる。

 「若き人といひながら、心幼くものしたまひけるを知らで、いとかく人なみなみに思ひける我こそ、まさりてはかなかりけれ」

 「若いと言っても、無分別でいらっしゃったのを知らないで、ほんとうにこうまで一人前にと思っていた自分こそ、もっとあさはかであったよ」

 とて、御乳母どもをさいなみたまふに、聞こえむ方なし。

 とおっしゃって、御乳母たちをお責めになるが、お返事の申しようもない。

 「かやうのことは、限りなき帝の御いつき女も、おのづから過つ例、昔物語にもあめれど、けしきを知り伝ふる人、さるべき隙にてこそあらめ」

  「これは、明け暮れ立ちまじりたまひて年ごろおはしましつるを、何かは、いはけなき御ほどを、宮の御もてなしよりさし過ぐしても、隔てきこえさせむと、うちとけて過ぐしきこえつるを、一昨年ばかりよりは、けざやかなる御もてなしになりにてはべるめるに、若き人とても、うち紛ればみ、いかにぞや、世づきたる人もおはすべかめるを、夢に乱れたるところおはしまさざめれば、さらに思ひ寄らざりけること」

 「このようなことは、この上ない帝の大切な内親王も、いつの間にか過ちを起こす例は、昔物語にもあるようですが、二人の気持ちを知って仲立ちする人が、隙を窺ってするのでしょう」

  「この二人は、朝夕ご一緒に長年過ごしていらっしゃったので、どうして、お小さい二人を、大宮様のお扱いをさし越えてお引き離し申すことができましょうと、安心して過ごして参りましたが、一昨年ごろからは、はっきり二人を隔てるお扱いに変わりましたようなので、若い人と言っても、人目をごまかして、どういうものにか、ませた真似をする人もいらっしゃるようですが、けっして色めいたところもなくいらっしゃるようなので、ちっとも思いもかけませんでした」

 と、おのがどち嘆く。

 と、お互いに嘆く。

 「よし、しばし、かかること漏らさじ。隠れあるまじきことなれど、心をやりて、あらぬこととだに言ひなされよ。今かしこに渡したてまつりてむ。宮の御心のいとつらきなり。そこたちは、さりとも、いとかかれとしも、思はれざりけむ」

 「よし、暫くの間、このことは人に言うまい。隠しきれないことだが、よく注意して、せめて事実無根だともみ消しなさい。今からは自分の所に引き取ろう。大宮のお扱いが恨めしい。お前たちは、いくらなんでも、こうなって欲しいとは思わなかっただろう」

 とのたまへば、「いとほしきなかにも、うれしくのたまふ」と思ひて、

 とおっしゃるので、「困ったこととではあるが、嬉しいことをおっしゃる」と思って、

 「あな、いみじや。大納言殿に聞きたまはむことをさへ思ひはべれば、めでたきにても、ただ人の筋は、何のめづらしさにか思ひたまへかけむ」

 「まあ、とんでもありません。按察大納言殿のお耳に入ることをも考えますと、立派な人ではあっても、臣下の人であっては、何を結構なことと考えて望んだり致しましょう」

 と聞こゆ。

 と申し上げる。

 姫君は、いと幼げなる御さまにて、よろづに申したまへども、かひあるべきにもあらねば、うち泣きたまひて、

 姫君は、とても子供っぽいご様子で、いろいろとお申し上げなさっても、何もお分かりでないので、お泣きになって、

 「いかにしてか、いたづらになりたまふまじきわざはすべからむ」

 「どうしたら、傷ものにおなりにならずにすむ道ができようか」

と、忍びてさるべきどちのたまひて、大宮をのみぞ恨みきこえたまふ。

 と、こっそりと頼れる乳母たちとご相談なさって、大宮だけをお恨み申し上げなさる。



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