第七章 光る源氏の物語 六条院造営
6. 九月、中宮と紫の上和歌を贈答
本文 |
現代語訳 |
長月になれば、紅葉むらむら色づきて、宮の御前えも言はずおもしろし。風うち吹きたる夕暮に、御箱の蓋に、色々の花紅葉をこき混ぜて、こなたにたてまつらせたまへり。 |
九月になると、紅葉があちこちに色づいて、中宮のお庭先は何ともいえないほど素晴らしい。風がさっと吹いた夕暮に、御箱の蓋に、色とりどりの花や紅葉をとり混ぜて、こちらに差し上げになさった。 |
大きやかなる童女の、濃き衵、紫苑の織物重ねて、赤朽葉の羅の汗衫、いといたうなれて、廊、渡殿の反橋を渡りて参る。うるはしき儀式なれど、童女のをかしきをなむ、え思し捨てざりける。さる所にさぶらひなれたれば、もてなし、ありさま、他のには似ず、このましうをかし。御消息には、 |
大柄な童女が、濃い紫の袙に、紫苑の織物を重ねて、赤朽葉の羅の汗衫、とてももの馴れた感じで、廊や、渡殿の反橋を渡って参上する。格式高い礼儀作法であるが、童女の容姿の美しいのを捨てがたくてお選びになったのであった。そのようなお所に伺候し馴れていたので、立居振舞、姿つき、他家の童女とは違って、好感がもてて風情がある。お手紙には、 |
「心から春まつ園はわが宿の 紅葉を風のつてにだに見よ」 |
「お好みで春をお待ちのお庭では、せめてわたしの方の 紅葉を風のたよりにでも御覧あそばせ」 |
若き人びと、御使もてはやすさまどもをかし。 御返りは、この御箱の蓋に苔敷き、巌などの心ばへして、五葉の枝に、 |
若い女房たちが、お使いを歓待する様子は風雅である。 お返事には、この御箱の蓋に苔を敷き、巌などの感じを出して、五葉の松の枝に、 |
「風に散る紅葉は軽し春の色を 岩根の松にかけてこそ見め」 |
「風に散ってしまう紅葉は心軽いものです、春の変わらない色を この岩にどっしりと根をはった松の常磐の緑を御覧になってほしいものです」 |
この岩根の松も、こまかに見れば、えならぬ作りごとどもなりけり。とりあへず思ひ寄りたまひつるゆゑゆゑしさなどを、をかしく御覧ず。御前なる人びともめであへり。大臣、 |
この岩根の松も、よく見ると、素晴らしい造り物なのであった。このようにとっさに思いつきなさった趣向のよさを、感心して御覧あそばす。御前に伺候している女房たちも褒め合っていた。大臣は、 |
「この紅葉の御消息、いとねたげなめり。春の花盛りに、この御応へは聞こえたまへ。このころ紅葉を言ひ朽さむは、龍田姫の思はむこともあるを、さし退きて、花の蔭に立ち隠れてこそ、強きことは出で来め」 |
「この紅葉のお手紙は、何とも憎らしいですね。春の花盛りに、このお返事は差し上げなさい。この季節に紅葉を貶すのは、龍田姫がどう思うかということもあるので、ここは一歩退いて、花を楯にとって、強いことも言ったらよいでしょう」 |
と聞こえたまふも、いと若やかに尽きせぬ御ありさまの見どころ多かるに、いとど思ふやうなる御住まひにて、聞こえ通はしたまふ。 |
と申し上げなさるのも、とても若々しくどこまでも素晴らしいお姿で魅力にあふれていらっしゃる上に、いっそう理想的なお邸で、お手紙のやりとりをなさる。 |
大堰の御方は、「かう方々の御移ろひ定まりて、数ならぬ人は、いつとなく紛らはさむ」と思して、神無月になむ渡りたまひける。御しつらひ、ことのありさま劣らずして、渡したてまつりたまふ。姫君の御ためを思せば、おほかたの作法も、けぢめこよなからず、いとものものしくもてなさせたまへり。 |
大堰の御方は、「このように御方々のお引っ越しが終わってから、人数にも入らない者は、いつか分からないようにこっそりと移ろう」とお考えになって、神無月にお引っ越しになるのであった。お部屋の飾りや、お引っ越しの次第は他の方々に劣らないようにして、お移し申し上げなさる。姫君のご将来をお考えになると、万事についての作法も、ひどく差をつけず、たいそう重々しくお扱いなさった。 |