TOP  総目次  源氏物語目次   前へ 次へ
玉 鬘

第三章 玉鬘の物語 玉鬘、右近と椿市で邂逅        

6. 三条、初瀬観音に祈願          

 

本文

現代語訳

 国々より、田舎人多く詣でたりけり。この国の守の北の方も、詣でたりけり。いかめしく勢ひたるをうらやみて、この三条が言ふやう、

 国々から、田舎の人々が大勢参詣しているのであった。大和国の守の北の方も、参詣しているのであった。たいそうな勢いなのを羨んで、この三条が言うことには、

 「大悲者には、異事も申さじ。あが姫君、大弐の北の方、ならずは、当国の受領の北の方になしたてまつらむ。三条らも、随分に栄えて、返り申しは仕うまつらむ」

 「大慈悲の観音様には、他のことはお願い申し上げません。わが姫君様が、大弍の北の方に、さもなくば、この国の受領の北の方にして差し上げたく思います。わたくしめ三条らも、身分相応に出世して、お礼参りは致します」

 と、額に手を当てて念じ入りてをり。右近、「いとゆゆしくも言ふかな」と聞きて、

 と、額に手を当てて念じている。右近は、「ひどく縁起でもないことを言うわ」と聞いて、

 「いと、いたくこそ田舎びにけれな。中将殿は、昔の御おぼえだにいかがおはしましし。まして、今は、天の下を御心にかけたまへる大臣にて、いかばかりいつかしき御仲に、御方しも、受領の妻にて、品定まりておはしまさむよ」

 「とても、ひどく田舎じみてしまったのね。頭の中将殿は、当時のご信任でさえどんなでもいらしゃいました。まして、今では天下をお心のままに動かしていらっしゃる大臣で、どんなにか立派なお間柄であるのに、このお方が、受領の妻として、お定まりになるものですか」

 と言へば、

 と言うと、

 「あなかま。たまへ。大臣たちもしばし待て。大弐の御館の上の、清水の御寺、観世音寺に参りたまひし勢ひは、帝の行幸にやは劣れる。あな、むくつけ」

 「お静かに。言わせて頂戴。大臣とやらの話もちょっと待って。大弍のお館の奥方様が、清水のお寺や、観世音寺に参詣なさった時の勢いは、帝の行幸に劣っていましょうか。まあ、いやだこと」

 とて、なほさらに手をひき放たず、拝み入りてをり。

 と言って、ますます手を額から離さず、一心に拝んでいた。

 筑紫人は、三日籠もらむと心ざしたまへり。右近は、さしも思はざりけれど、かかるついで、のどかに聞こえむとて、籠もるべきよし、大徳呼びて言ふ。御あかし文など書きたる心ばへなど、さやうの人はくだくだしうわきまへければ、常のことにて、

 筑紫の人たちは、三日間参籠しようとお心づもりしていらっしゃった。右近は、そうは思っていなかったが、このような機会に、ゆっくりお話しようと思って、参籠する由を、大徳を呼んで言う。願文などに書いてある趣旨などは、そのような人はこまごまと承知していたので、いつものように、

 「例の藤原の瑠璃君といふが御ためにたてまつる。よく祈り申したまへ。その人、このころなむ見たてまつり出でたる。その願も果たしたてまつるべし」

 「いつもの藤原の瑠璃君というお方のために奉ります。よくお祈り申し上げてくださいませ。その方は、つい最近お捜し申し上げました。そのお礼参りも申し上げましょう」

 と言ふを聞くも、あはれなり。法師、

 と言うのを、耳にするのも嬉しい気がする。法師は、

 「いとかしこきことかな。たゆみなく祈り申しはべる験にこそはべれ」

 「それはとてもおめでたいことですな。怠りなくお祈り申し上げたしるしでございます」

 と言ふ。いと騒がしう、夜一夜行なふなり。

  と言う。とても騒がしく、一晩中お勤めするのである。



TOP  総目次  源氏物語目次 ページトップへ  前へ 次へ