第四章 光る源氏の物語 玉鬘を養女とする物語
2. 右近、源氏に玉鬘との邂逅を語る
本文 |
現代語訳 |
大殿籠もるとて、右近を御脚参りに召す。 |
お寝みになろうとして、右近をお足さすらせに召す。 |
「若き人は、苦しとてむつかるめり。なほ年経ぬるどちこそ、心交はして睦びよかりけれ」 |
「若い女房は、疲れると言って嫌がるようです。やはりお互いに年配どうしは、気が合ってうまくいきますね」 |
とのたまへば、人びと忍びて笑ふ。 |
とおっしゃると、女房たちはひそひそと笑う。 |
「さりや。誰か、その使ひならいたまはむをば、むつからむ」 「うるさき戯れ事言ひかかりたまふを、わづらはしきに」 |
「そうですわ。誰が、そのようにお使い慣らされるのを、嫌がりましょう」 「やっかいなご冗談をお言いかけなさるのが、煩わしいので」 |
など言ひあへり。 |
などと互いに言う。 |
「上も、年経ぬるどちうちとけ過ぎ、はた、むつかりたまはむとや。さるまじき心と見ねば、危ふし」 |
「紫の上も、年とった者どうしが仲よくし過ぎると、それはやはり、ご機嫌を悪くされるだろうと思うよ。そのようなこともなさそうなお心とは見えないから、危険なものです」 |
など、右近に語らひて笑ひたまふ。いと愛敬づき、をかしきけさへ添ひたまへり。 |
などと、右近に話してお笑いになる。たいそう愛嬌があって、冗談をおっしゃるところまでがお加わりになっていらっしゃる。 |
今は朝廷に仕へ、忙しき御ありさまにもあらぬ御身にて、世の中のどやかに思さるるままに、ただはかなき御戯れ事をのたまひ、をかしく人の心を見たまふあまりに、かかる古人をさへぞ戯れたまふ。 |
今では朝廷にお仕えし、忙しいご様子でもないお身体なので、世の中の事に対してものんびりとしたお気持ちのままに、ただとりとめもないご冗談をおっしゃって、おもしろく女房たちの気持ちをお試しになるあまりに、このような古女房をまでおからかいになる。 |
「かの尋ね出でたりけむや、何ざまの人ぞ。尊き修行者語らひて、率て来たるか」 |
「あの捜し出した人というのは、どのような人か。尊い修行者と親しくして、連れて来たのか」 |
と問ひたまへば、 |
とお尋ねになると、 |
「あな、見苦しや。はかなく消えたまひにし夕顔の露の御ゆかりをなむ、見たまへつけたりし」 |
「まあ、人聞きの悪いことを。はかなくお亡くなりになった夕顔の露の縁のある人を、お見つけ申したのです」 |
と聞こゆ。 |
と申し上げる。 |
「げに、あはれなりけることかな。年ごろはいづくにか」 |
「ほんとうに、思いもかけないことであるなあ。長い年月どこにいたのか」 |
とのたまへば、ありのままには聞こえにくくて、 |
とお尋ねになるが、真実そのままには申し上げにくいので、 |
「あやしき山里になむ。昔人もかたへは変はらではべりければ、その世の物語し出ではべりて、堪へがたく思ひたまへりし」 |
「辺鄙な山里に、昔の女房も幾人かは変わらずに仕えておりましたので、その当時の話を致しまして、たまらない思いが致しました」 |
など聞こえゐたり。 |
などとお答え申した。 |
「よし、心知りたまはぬ御あたりに」 |
「よし、事情をご存知でない方の前だから」 |
と、隠しきこえたまへば、上、 |
とお隠し申しなさると、紫の上は、 |
「あな、わづらはし。ねぶたきに、聞き入るべくもあらぬものを」 |
「まあ、やっかいなお話ですこと。眠たいので、耳に入るはずもありませんのに」 |
とて、御袖して御耳塞ぎたまひつ。 |
とおっしゃって、お袖で耳をお塞ぎになった。 |
「容貌などは、かの昔の夕顔と劣らじや」 |
「器量などは、あの昔の夕顔に劣らないだろうか」 |
などのたまへば、 |
などとおっしゃると、 |
「かならずさしもいかでかものしたまはむと思ひたまへりしを、こよなうこそ生ひまさりて見えたまひしか」 |
「きっと母君ほどでいらっしゃるまいと存じておりましたが、格別に優れてご成長なさってお見えになりました」 |
と聞こゆれば、 |
と申し上げるので、 |
「をかしのことや。誰ばかりとおぼゆ。この君と」 |
「興味あることだ。誰くらいに見えますか。この紫の君とは」 |
とのたまへば、 |
とおっしゃると、 |
「いかでか、さまでは」 |
「どうして、それほどまでは」 |
と聞こゆれば、 |
と申し上げるので、 |
「したり顔にこそ思ふべけれ。我に似たらばしも、うしろやすしかし」 |
「得意になって思っているのだな。わたしに似ていたら、安心だ」 |
と、親めきてのたまふ。 |
と、実の親のようにおっしゃる。 |