第四章 光る源氏の物語 玉鬘を養女とする物語
4. 玉鬘、源氏に和歌を返す
本文 |
現代語訳 |
正身は、 「ただかことばかりにても、まことの親の御けはひならばこそうれしからめ、いかでか知らぬ人の御あたりには交じらはむ」 と、おもむけて、苦しげに思したれど、あるべきさまを、右近聞こえ知らせ、人びとも、 |
ご本人は、 「ほんの申し訳程度でも、実の親のお気持ちならば、どんなにか嬉しいであろう。どうして知らない方の所に出て行けよう」 と、ほのめかして、苦しそうに悩んでいたが、とるべき態度を、右近が申し上げ教え、女房たちも、 |
「おのづから、さて人だちたまひなば、大臣の君も尋ね知りきこえたまひなむ。親子の御契りは、絶えて止まぬものなり」 「右近が、数にもはべらず、いかでか御覧じつけられむと思ひたまへしだに、仏神の御導きはべらざりけりや。まして、誰れも誰れもたひらかにだにおはしまさば」 |
「自然と、そのようにしてあちらで一人前の姫君となられたら、大臣の君もお聞きつけになられるでしょう。親子のご縁は、けっして切れるものではありません」 「右近が、物の数ではございませんが、ぜひともお目にかかりたいと念じておりましたのさえ、仏神のお導きがございませんでしたか。まして、どなたもどなたも無事でさえいらしたら」 |
と、皆聞こえ慰む。 「まづ御返りを」と、責めて書かせたてまつる。 「いとこよなく田舎びたらむものを」 と恥づかしく思いたり。唐の紙のいと香ばしきを取り出でて、書かせたてまつる。 |
と、皆がお慰め申し上げる。 「まずは、お返事を」と、無理にお書かせ申し上げる。 「とてもひどく田舎じみているだろう」 と恥ずかしくお思いであった。唐の紙でたいそうよい香りのを取り出して、お書かせ申し上げる。 |
「数ならぬ三稜や何の筋なれば 憂きにしもかく根をとどめけむ」 |
「物の数でもないこの身はどうして 三稜のようにこの世に生まれて来たのでしょう」 |
とのみ、ほのかなり。手は、はかなだち、よろぼはしけれど、あてはかにて口惜しからねば、御心落ちゐにけり。 |
とだけ、墨付き薄く書いてある。筆跡は、かぼそげにたどたどしいが、上品で見苦しくないので、ご安心なさった。 |
住みたまふべき御かた御覧ずるに、 「南の町には、いたづらなる対どもなどなし。勢ひことに住み満ちたまへれば、顕証に人しげくもあるべし。中宮おはします町は、かやうの人も住みぬべく、のどやかなれど、さてさぶらふ人の列にや聞きなさむ」と思して、「すこし埋れたれど、丑寅の町の西の対、文殿にてあるを、異方へ移して」と思す。 「あひ住みにも、忍びやかに心よくものしたまふ御方なれば、うち語らひてもありなむ」 と思しおきつ。 |
お住まいになるべき部屋をお考えになると、 「南の町には、空いている対の屋などはない。威勢も特別でいっぱいに使っていらっしゃるので、目立つし人目も多いことだろう。中宮のいらっしゃる町は、このような人が住むのに適してのんびりしているが、そうするとそこにお仕えする女房と同じように思われるだろう」とお考えになって、「少し埋もれた感じだが、丑寅の町の西の対が、文殿になっているのを、他の場所に移して」とお考えになる。 「一緒に住むことになっても、慎ましく気立てのよいお方だから、話相手になってよいだろう」 とお決めになった。 |