第五章 光る源氏の物語 末摘花の物語と和歌論
3. 源氏の和歌論
本文 |
現代語訳 |
「古代の歌詠みは、『唐衣』、『袂濡るる』かことこそ離れねな。まろも、その列ぞかし。さらに一筋にまつはれて、今めきたる言の葉にゆるぎたまはぬこそ、ねたきことは、はたあれ。人の中なることを、をりふし、御前などのわざとある歌詠みのなかにては、『円居』離れぬ三文字ぞかし。昔の懸想のをかしき挑みには、『あだ人』といふ五文字を、やすめどころにうち置きて、言の葉の続きたよりある心地すべかめり」 |
「昔風の歌詠みは、『唐衣』、『袂濡るる』といった恨み言が抜けないですね。自分も、同じですが。まったく一つの型に凝り固まって、当世風の詠み方に変えなさらないのが、ご立派と言えばご立派なものです。人々が集まっている中にいることを、何かの折ふしに、御前などにおける特別の歌を詠む時には『まとゐ』が欠かせぬ三文字なのですよ。昔の恋のやりとりは、『あだ人--』という五文字を、休め所の第三句に置いて、言葉の続き具合が落ち着くような感じがするようです」 |
など笑ひたまふ。 |
などとお笑いになる。 |
「よろづの草子、歌枕、よく案内知り見尽くして、そのうちの言葉を取り出づるに、詠みつきたる筋こそ、強うは変はらざるべけれ。 常陸の親王の書き置きたまへりける紙屋紙の草子をこそ、見よとておこせたりしか。和歌の髄脳いと所狭う、病去るべきところ多かりしかば、もとよりおくれたる方の、いとどなかなか動きすべくも見えざりしかば、むつかしくて返してき。よく案内知りたまへる人の口つきにては、目馴れてこそあれ」 |
「さまざまな草子や、歌枕に、よく精通し読み尽くして、その中の言葉を取り出しても、詠み馴れた型は、たいして変わらないだろう。 常陸の親王がお書き残しになった紙屋紙の草子を、読んでみなさいと贈ってよこしたことがありました。和歌の規則がたいそうびっしりとあって、歌の病として避けるべきところが多く書いてあったので、もともと苦手としたことで、ますますかえって身動きがとれなく思えたので、わずらわしくて返してしまった。よく内容をご存知の方の詠みぶりとしては、ありふれた歌ですね」 |
とて、をかしく思いたるさまぞ、いとほしきや。 上、いとまめやかにて、 |
とおっしゃって、おもしろがっていらっしゃる様子、お気の毒なことである。 上は、たいそう真面目になって、 |
「などて、返したまひけむ。書きとどめて、姫君にも見せたてまつりたまふべかりけるものを。ここにも、もののなかなりしも、虫みな損なひてければ。見ぬ人はた、心ことにこそは遠かりけれ」 |
「どうして、お返しになったのですか。書き写して、姫君にもお見せなさるべきでしたのに。私の手もとにも、何かの中にあったのも、虫がみな食ってしまいましたので。まだ見てない人は、やはり特に心得が足りないのです」 |
とのたまふ。 |
とおっしゃる。 |
「姫君の御学問に、いと用なからむ。すべて女は、立てて好めることまうけてしみぬるは、さまよからぬことなり。何ごとも、いとつきなからむは口惜しからむ。ただ心の筋を、漂はしからずもてしづめおきて、なだらかならむのみなむ、めやすかるべかりける」 |
「姫君のお勉強には、必要ないでしょう。総じて女性は、何か好きなものを見つけてそれに凝ってしまうことは、体裁のよいものではありません。どのようなことにも、不調法というのも感心しないものです。ただ自分の考えだけは、ふらふらさせずに持っていて、おだやかに振る舞うのが、見た目にも無難というものです」 |
などのたまひて、返しは思しもかけねば、 |
などとおっしゃって、返歌をしようとはまったくお考えでないので、 |
「返しやりてむ、とあめるに、これよりおし返したまはざらむも、ひがひがしからむ」 |
「返してしまおう、とあるようなのに、こちらからお返歌なさらないのも、礼儀に外れていましょう」 |
と、そそのかしきこえたまふ。情け捨てぬ御心にて、書きたまふ。いと心やすげなり。 |
と、お勧め申し上げなさる。思いやりのあるお心なので、お書きになる。とても気安いふうである。 |
「返さむと言ふにつけても片敷の 夜の衣を思ひこそやれ ことわりなりや」 |
「お返ししましょうとおっしゃるにつけても 独り寝のあなたをお察しいたします ごもっともですね」 |
とぞあめる。 |
とあったようである。 |