第一章 光る源氏の物語 新春の六条院の女性たち
2. 明石姫君、実母と和歌を贈答
本文 |
現代語訳 |
姫君の御方に渡りたまへれば、童女、下仕へなど、御前の山の小松引き遊ぶ。若き人びとの心地ども、おきどころなく見ゆ。北の御殿より、わざとがましくし集めたる鬚籠ども、破籠などたてまつれたまへり。えならぬ五葉の枝に移る鴬も、思ふ心あらむかし。 |
姫君の御方にお越しになると、童女や、下仕えの女房たちなどが、お庭先の築山の小松を引いて遊んでいる。若い女房たちの気持ちも、じっとしていられないように見える。北の御殿から、特別に用意した幾つもの鬚籠や、破籠などをお差し上げになっていた。素晴らしい五葉の松の枝に移り飛ぶ鴬も、思う子細があるのであろう。 |
「年月を松にひかれて経る人に 今日鴬の初音聞かせよ 『音せぬ里の』」 |
「長い年月を子どもの成長を待ち続けていました わたしに今日はその初音を聞かせてください 『音を聞かせない里に』」 |
と聞こえたまへるを、「げに、あはれ」と思し知る。言忌もえしあへたまはぬけしきなり。 |
とお申し上げになったのを、「なるほど、ほんとうに」とお感じになる。縁起でもない涙をも堪えきれない様子である。 |
「この御返りは、みづから聞こえたまへ。初音惜しみたまふべき方にもあらずかし」 |
「このお返事は、ご自身がお書き申し上げなさい。初便りを惜しむべき方でもありません」 |
とて、御硯取りまかなひ、書かせたてまつりたまふ。いとうつくしげにて、明け暮れ見たてまつる人だに、飽かず思ひきこゆる御ありさまを、今までおぼつかなき年月の隔たりにけるも、「罪得がましう、心苦し」と思す。 |
とおっしゃって、御硯を用意なさって、お書かせ申し上げなさる。たいそうかわいらしくて、朝な夕なに拝見する人でさえ、いつまでも見飽きないとお思い申すお姿を、今まで会わせないで年月が過ぎてしまったのも、「罪作りで、気の毒なことであった」とお思いになる。 |
「ひき別れ年は経れども鴬の 巣立ちし松の根を忘れめや」 |
「別れて何年も経ちましたがわたしは 生みの母君を忘れましょうか」 |
幼き御心にまかせて、くだくだしくぞあめる。 |
子供心に思ったとおりに、くどくどと書いてある。 |