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常夏

第一章 玉鬘の物語 養父と養女の禁忌の恋物語    

1. 六条院釣殿の納涼         

 

本文

現代語訳

 いと暑き日、東の釣殿に出でたまひて涼みたまふ。中将の君もさぶらひたまふ。親しき殿上人あまたさぶらひて、西川よりたてまつれる鮎、近き川のいしぶしやうのもの、御前にて調じて参らす。例の大殿の君達、中将の御あたり尋ねて参りたまへり。

 たいそう暑い日、東の釣殿にお出になって涼みなさる。中将の君も伺候していらっしゃる。親しい殿上人も大勢伺候して、西川から献上した鮎、近い川のいしぶしのような魚、御前で調理して差し上げる。いつもの大殿の公達、中将のおいでになる所を尋ねて参上なさった。

 「さうざうしくねぶたかりつる、折よくものしたまへるかな」

 「退屈で眠たかったところだが、ちょうどよい時にいらっしゃったな」

 とて、大御酒参り、氷水召して、水飯など、とりどりにさうどきつつ食ふ。

 とおっしゃって、御酒を召し上がり、氷水をお取り寄せになって、水飯などを、それぞれにぎやかに召し上がる。

 風はいとよく吹けども、日のどかに曇りなき空の、西日になるほど、蝉の声などもいと苦しげに聞こゆれば、

 風はたいそう気持ちよく吹くが、日は長くて曇りない空が、西日になるころ、蝉の声などもたいそう苦しそうに聞こえるので、

 「水の上無徳なる今日の暑かはしさかな。無礼の罪は許されなむや」

 「水のほとりも役に立たない今日の暑さだね。失礼は許していただけようか」

 とて、寄り臥したまへり。

 とおっしゃって、寄りかかって横におなりになった。

 「いとかかるころは、遊びなどもすさまじく、さすがに、暮らしがたきこそ苦しけれ。宮仕へする若き人びと堪へがたからむな。帯も解かぬほどよ。ここにてだにうち乱れ、このころ世にあらむことの、すこし珍しく、ねぶたさ覚めぬべからむ、語りて聞かせたまへ。何となく翁びたる心地して、世間のこともおぼつかなしや」

 「とてもこんな暑い時は、管弦の遊びなどもおもしろくなく、とはいえ、何もしないのもつらいことだ。宮仕えしている若い人々にはつらいことだろうよ。帯も解かないではね。せめてここではくつろいで、最近世間に起こったことで、少し珍しく、眠気の覚めるようなことを、話してお聞かせください。何となく年寄じみた心地がして、世間のことも疎くなったのでね」

 などのたまへど、珍しきこととて、うち出で聞こえむ物語もおぼえねば、かしこまりたるやうにて、皆いと涼しき高欄に、背中押しつつさぶらひたまふ。

 などとおっしゃるが、珍しい事と言って、ちょっと申し上げるような話も思いつかないので、恐縮しているようで、皆たいそう涼しい高欄に、背中を寄り掛けながら座っていらっしゃる。



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