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常夏

第一章 玉鬘の物語 養父と養女の禁忌の恋物語    

5. 源氏、玉鬘と和歌を唱和     

 

本文

現代語訳

 人びと近くさぶらへば、例の戯れごともえ聞こえたまはで、

 女房たちが近くに伺候しているので、いつもの冗談も申し上げなさらずに、

 「撫子を飽かでも、この人びとの立ち去りぬるかな。いかで、大臣にも、この花園見せたてまつらむ。世もいと常なきをと思ふに、いにしへも、もののついでに語り出でたまへりしも、ただ今のこととぞおぼゆる」

 「撫子を十分に鑑賞もせずに、あの人たちは立ち去ってしまったな。何とかして、内大臣にも、この花園をお見せ申したいものだ。人の命はいつまでも続くものでないと思うと、昔も、何かの時にお話しになったことが、まるで昨日今日のことのように思われます」

 とて、すこしのたまひ出でたるにも、いとあはれなり。

 とおっしゃって、少しお口になさったのにつけても、たいそう感慨無量である。

 「撫子のとこなつかしき色を見ば

   もとの垣根を人や尋ねむ

 「撫子の花の色のようにいつ見ても美しいあなたを見ると

  母親の行く方を内大臣は尋ねられることだろうな

 このことのわづらはしさにこそ、繭ごもりも心苦しう思ひきこゆれ」

 このことが厄介に思われるので、引き籠められているのをお気の毒に思い申しています」

 とのたまふ。君、うち泣きて、

 とおっしゃる。姫君は、ちょっと涙を流して、

 「山賤の垣ほに生ひし撫子の

   もとの根ざしを誰れか尋ねむ」

 「山家の賤しい垣根に生えた撫子のような

   わたしの母親など誰が尋ねたりしましょうか」

 はかなげに聞こえないたまへるさま、げにいとなつかしく若やかなり。

 と人数にも入らないように謙遜してお答え申し上げなさった様子は、なるほどたいそう優しく若々しい感じである。

 「来ざらましかば」

 「もし来なかったならば」

 とうち誦じたまひて、いとどしき御心は、苦しきまで、なほえ忍び果つまじく思さる。

 とお口ずさみになって、ひとしお募るお心は、苦しいまでに、やはり我慢しきれなくお思いになる。



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