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藤袴

第三章 玉鬘の物語 玉鬘と鬚黒大将    

2. 九月、多数の恋文が集まる     

   

本文

現代語訳

 九月にもなりぬ。初霜むすぼほれ、艶なる朝に、例の、とりどりなる御後見どもの、引きそばみつつ持て参る御文どもを、見たまふこともなくて、読みきこゆるばかりを聞きたまふ。大将殿のには、

 九月になった。初霜が降りて、心そそられる朝に、例によって、それぞれのお世話役たちが、目立たないようにしては参上するいくつものお手紙を、御覧になることもなく、お読み申し上げるのだけをお聞きになる。右大将殿の手紙には、

 「なほ頼み来しも、過ぎゆく空のけしきこそ、心尽くしに、

  数ならば厭ひもせまし長月に

   命をかくるほどぞはかなき」

 「それでもやはりあてにして来ましたが、過ぎ去って行く空の様子は気が気でなく、

   人並みであったら嫌いもしましょうに、九月を

   頼みにしているとは、何とはかない身の上なのでしょう」

 「月たたば」とある定めを、いとよく聞きたまふなめり。

 「来月になったら」という決定を、ちゃんと聞いていらっしゃるようである。

 兵部卿宮は、

 兵部卿宮は

 「いふかひなき世は、聞こえむ方なきを、

  朝日さす光を見ても玉笹の

   葉分けの霜を消たずもあらなむ

 思しだに知らば、慰む方もありぬべくなむ」

 「言ってもしかたのない仲は、今さら申し上げてもしかたがありませんが、

   朝日さす帝の御寵愛を受けられたとしても

   霜のようにはかないわたしのことを忘れないでください

  お分りいただければ、慰められましょう」

 とて、いとかしけたる下折れの霜も落とさず持て参れる御使さへぞ、うちあひたるや。

 とあって、たいそう萎れて折れた笹の下枝の霜も落とさず持参した使者までが、似つかわしい感じであるよ。

 式部卿宮の左兵衛督は、殿の上の御はらからぞかし。親しく参りなどしたまふ君なれば、おのづからいとよくものの案内も聞きて、いみじくぞ思ひわびける。いと多く怨み続けて、

 式部卿宮の左兵衛督は、殿の奥方のご兄弟であるよ。親しく参上なさる君なので、自然と事の事情なども聞いて、ひどくがっかりしているのであった。長々と恨み言を綴って、

 「忘れなむと思ふもものの悲しきを

   いかさまにしていかさまにせむ」

 「忘れようと思う一方でそれがまた悲しいのを

   どのようにしてどのようにしたらよいものでしょうか」

 紙の色、墨つき、しめたる匂ひも、さまざまなるを、人びとも皆、

 紙の色、墨の具合、焚きこめた香の匂いも、それぞれに素晴らしいので、女房たちも皆、

 「思し絶えぬべかめるこそ、さうざうしけれ」

 「すっかり諦めてしまわれることは、寂しいことだわ」

 など言ふ。

 などと言っている。

 宮の御返りをぞ、いかが思すらむ、ただいささかにて、

 宮へのお返事を、どうお思いになったのか、ただわずかに、

 「心もて光に向かふ葵だに

   朝おく霜をおのれやは消つ」

 「自分から光に向かう葵でさえ

   朝置いた霜を自分から消しましょうか」

 とほのかなるを、いとめづらしと見たまふに、みづからはあはれを知りぬべき御けしきにかけたまひつれば、つゆばかりなれど、いとうれしかりけり。

 とうっすらと書いてあるのを、たいそう珍しく御覧になって、姫自身は宮の愛情を感じているに違いないご様子でいらっしゃるので、わずかであるがたいそう嬉しいのであった。

 かやうに何となけれど、さまざまなる人びとの、御わびごとも多かり。

 このように特にどうということはないが、いろいろな人々からの、お恨み言がたくさんあった。

 女の御心ばへは、この君をなむ本にすべきと、大臣たち定めきこえたまひけりとや。

 女性の心の持ち方としては、この姫君を手本にすべきだと、大臣たちはご判定なさったとか。



 

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