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藤裏葉

第一章 夕霧の物語 雲居雁との筒井筒の恋実る    

3. 内大臣、夕霧を自邸に招待     

 

本文

現代語訳

 ここらの年ごろの思ひのしるしにや、かの大臣も、名残なく思し弱りて、はかなきついでの、わざとはなく、さすがにつきづきしからむを思すに、四月の朔日ごろ、御前の藤の花、いとおもしろう咲き乱れて、世の常の色ならず、ただに見過ぐさむこと惜しき盛りなるに、遊びなどしたまひて、暮れ行くほどの、いとど色まされるに、頭中将して、御消息あり。

 長い年月思い続けてきた甲斐あってか、あの内大臣も、すっかり気弱になって、ちょっとした機会で、特別にというのでなく、そうはいっても相応しい時期をお考えになって、四月の初旬ころ、お庭先の藤の花、たいそうみごとに咲き乱れて、世間にある藤の花の色とは違って、何もしないのも惜しく思われる花盛りなので、管弦の遊びなどをなさって、日が暮れてゆくころの、ますます色美しくなってゆく時分に、頭中将を使いとして、お手紙がある。

 「一日の花の蔭の対面の、飽かずおぼえはべりしを、御暇あらば、立ち寄りたまひなむや」

 「先日の花の下でお目にかかったことが、堪らなく思われたので、お暇があったら、お立ち寄りなさいませんか」

 とあり。御文には、

 とある。お手紙には、

 「わが宿の藤の色濃きたそかれに

   尋ねやは来ぬ春の名残を」

 「わたしの家の藤の花の色が濃い夕方に

   訪ねていらっしゃいませんか、逝く春の名残を惜しみに」

 げに、いとおもしろき枝につけたまへり。待ちつけたまへるも、心ときめきせられて、かしこまりきこえたまふ。

 おっしゃる通り、たいそう美しい枝に付けていらっしゃった。心待ちしていらっしゃったのにつけても、心がどきどきして、恐縮してお返事を差し上げなさる。

 「なかなかに折りやまどはむ藤の花

   たそかれ時のたどたどしくは」

 「かえって藤の花を折るのにまごつくのではないでしょうか

   夕方時のはっきりしないころでは」

 と聞こえて、

 と申し上げて、

 「口惜しくこそ臆しにけれ。取り直したまへよ」

 「残念なほど、気後れしてしまった。適当に取り繕って下さい」

 と聞こえたまふ。

 と申し上げなさる。

 「御供にこそ」

 「お供しましょう」

 とのたまへば、

 とおっしゃったが、

 「わづらはしき随身は、否」

 「面倒なお供はいりません」

 とて、返しつ。

 と言って、お帰しになった。

 大臣の御前に、かくなむ、とて、御覧ぜさせたまふ。

 大臣の御前に、これこれしかじかです、と言って、御覧にお入れになる。

 「思ふやうありてものしたまひつるにやあらむ。さも進みものしたまはばこそは、過ぎにし方の孝なかりし恨みも解けめ」

 「考えがあっておっしゃっているのであろうか。そのように先方から折れて来られたのならば、故人への不孝の恨みも解けることだろう」

 とのたまふ。御心おごり、こよなうねたげなり。

 とおっしゃる。そのご高慢は、この上なく憎らしいほどである。

 「さしもはべらじ。対の前の藤、常よりもおもしろう咲きてはべるなるを、静かなるころほひなれば、遊びせむなどにやはべらむ」

 「そうではございますまい。対の屋の前の藤が、例年よりも美しく咲いているというので、暇なころなので、管弦の遊びをしようなどというのでございましょう」

 と申したまふ。

 と申し上げなさる。

 「わざと使ひさされたりけるを、早うものしたまへ」

 「わざわざ使者をさし向けられたのだから、早くお出掛けなさい」

 と許したまふ。いかならむと、下には苦しう、ただならず。

 とお許しになる。どんなだろうと、内心は不安で、落ち着かない。

 「直衣こそあまり濃くて、軽びためれ。非参議のほど、何となき若人こそ、二藍はよけれ、ひき繕はむや」

 「直衣はあまりに色が濃過ぎて、身分が軽く見えよう。非参議のうちとか、何でもない若い人は、二藍はよいだろうが、お召し替えになるかね」

 とて、わが御料の心ことなるに、えならぬ御衣ども具して、御供に持たせてたてまつれたまふ。

 とおっしゃって、ご自分のお召し物の格別見事なのに、何ともいえないほど素晴らしい御下着類を揃えて、お供に持たせて差し上げなさる。



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