第二章 光る源氏の物語 明石の姫君の入内
4. 紫の上、明石御方と対面する
本文 |
現代語訳 |
三日過ごしてぞ、上はまかでさせたまふ。たち変はりて参りたまふ夜、御対面あり。 |
三日間を過ごして、対の上はご退出あそばす。入れ替わって参内なさる夜に、ご対面がある。 |
「かくおとなびたまふけぢめになむ、年月のほども知られはべれば、疎々しき隔ては、残るまじくや」 |
「このようにご成人なさった節目に、長い歳月のほどが存じられますが、よそよそしい心の隔ては、ないでしょうね」 |
と、なつかしうのたまひて、物語などしたまふ。これもうちとけぬる初めなめり。ものなどうち言ひたるけはひなど、「むべこそは」と、めざましう見たまふ。 |
と、やさしくおっしゃって、お話などなさる。このことも仲好くなった初めのようである。お話などなさる態度に、なるほどもっともだと、目を見張る思いで御覧になる。 |
また、いと気高う盛りなる御けしきを、かたみにめでたしと見て、「そこらの御中にもすぐれたる御心ざしにて、並びなきさまに定まりたまひけるも、いとことわり」と思ひ知らるるに、「かうまで、立ち並びきこゆる契り、おろかなりやは」と思ふものから、出でたまふ儀式の、いとことによそほしく、御輦車など聴されたまひて、女御の御ありさまに異ならぬを、思ひ比ぶるに、さすがなる身のほどなり。 |
また、実に気品高く女盛りでいらっしゃるご様子を、お互いに素晴らしいと認めて、「大勢の御方々の中でも優れたご寵愛で、並ぶ方がいない地位を占めていらっしゃったのを、まことにもっともなことだ」と理解されると、「こんなにまで出世し、肩をお並べ申すことができた前世の約束、いいかげんなものでない」と思う一方で、ご退出になる儀式が実に格別に盛大で、御輦車などを許されなさって、女御のご様子と異ならないのを、思い比べると、やはり身分の相違というものを感じずにはいられないのである。 |
いとうつくしげに、雛のやうなる御ありさまを、夢の心地して見たてまつるにも、涙のみとどまらぬは、一つものとぞ見えざりける。年ごろよろづに嘆き沈み、さまざま憂き身と思ひ屈しつる命も延べまほしう、はればれしきにつけて、まことに住吉の神もおろかならず思ひ知らる。 |
とてもかわいげに、お人形のようなご様子を、夢のような心地で拝見するにつけても、涙ばかりが止まらないのは、同じ涙とは思われないのであった。長年何かにつけ悲しみに沈んで、何もかも辛い運命だと悲観していた寿命も更に延ばしたく、気も晴れやかになったにつけても、本当に住吉の神も霊験あらたかだと思わずにいられない。 |
思ふさまにかしづききこえて、心およばぬことはた、をさをさなき人のらうらうじさなれば、おほかたの寄せ、おぼえよりはじめ、なべてならぬ御ありさま容貌なるに、宮も、若き御心地に、いと心ことに思ひきこえたまへり。 |
思う通りにお世話申し上げて、行き届かないこと、それは、まったくない方の利発さなので、世人一般の人気、声望をはじめとして、並々ならぬご容姿ご器量なので、東宮も、お若い心で、たいそう格別にお思い申し上げていらっしゃった。 |
挑みたまへる御方々の人などは、この母君の、かくてさぶらひたまふを、疵に言ひなしなどすれど、それに消たるべくもあらず。いまめかしう、並びなきことをば、さらにもいはず、心にくくよしある御けはひを、はかなきことにつけても、あらまほしうもてなしきこえたまへれば、殿上人なども、めづらしき挑み所にて、とりどりにさぶらふ人びとも、心をかけたる女房の、用意ありさまさへ、いみじくととのへなしたまへり。 |
競争なさっている御方々の女房などは、この母君がこうして伺候していらっしゃるのを、欠点に言ったりなどするが、それに負けるはずがない。当世風で、並ぶ者がないことは、言うまでもなく、奥ゆかしく上品なご様子を、ちょっとしたことにつけても、理想的に引き立ててお上げになるので、殿上人なども、珍しい風流の才を競う所として、それぞれに伺候する女房たちも、心寄せている女房の、心構え態度までが、実に立派なのを揃えていらっしゃった。 |
上も、さるべき折節には参りたまふ。御仲らひあらまほしううちとけゆくに、さりとてさし過ぎもの馴れず、あなづらはしかるべきもてなし、はた、つゆなく、あやしくあらまほしき人のありさま、心ばへなり。 |
対の上も、しかるべき機会には参内なさる。お二方の仲は理想的に睦まじくなって行くが、そうかといって出過ぎたり馴れ馴れしくならず、軽く見られるような態度、言うまでもなく、まったくなく、不思議なほど理想的な方の態度、心構えである。 |