第三章 光る源氏の物語 准太上天皇となる
5. 六条院行幸の饗宴
本文 |
現代語訳 |
皆御酔ひになりて、暮れかかるほどに、楽所の人召す。わざとの大楽にはあらず、なまめかしきほどに、殿上の童べ、舞仕うまつる。朱雀院の紅葉の賀、例の古事思し出でらる。「賀王恩」といふものを奏するほどに、太政大臣の御弟子の十ばかりなる、切におもしろう舞ふ。内裏の帝、御衣ぬぎて賜ふ。太政大臣降りて舞踏したまふ。 |
皆お酔いになって、日が暮れかかるころに、楽所の人をお召しになる。特別の大がかりの舞楽ではなく、優雅に奏して、殿上の童が、舞を御覧に入れる。朱雀院の紅葉の御賀、例によって昔の事が自然と思い出されなさる。「賀皇恩」という楽を奏する時に、太政大臣の御末子の十歳ほどになる子が、実に上手に舞う。今上の帝、御召物を脱いで御下賜なさる。太政大臣、下りて拝舞なさる。 |
主人の院、菊を折らせたまひて、「青海波」の折を思し出づ。 |
主人の院、菊を折らせなさって、「青海波」を舞った時のことをお思い出しになる。 |
「色まさる籬の菊も折々に 袖うちかけし秋を恋ふらし」 |
「色濃くなった籬の菊も折にふれて 袖をうち掛けて昔の秋を思い出すことだろう」 |
大臣、その折は、同じ舞に立ち並びきこえたまひしを、我も人にはすぐれたまへる身ながら、なほこの際はこよなかりけるほど、思し知らる。時雨、折知り顔なり。 |
太政大臣、あの時は、同じ舞をご一緒申してお舞いなさったのだが、自分も人には勝った身ではあるが、やはりこの院のご身分はこの上ないものであったと、思わずにはいらっしゃれない。時雨が、時知り顔に降る。 |
「紫の雲にまがへる菊の花 濁りなき世の星かとぞ見る 時こそありけれ」 |
「紫の雲と似ている菊の花は 濁りのない世の中の星かと思います 一段とお栄えの時を」 |
と聞こえたまふ。 |
と申し上げなさる。 |