第三章 朱雀院の物語 朱雀院の五十賀の計画
4. 女三の宮に琴を伝授
本文 |
現代語訳 |
宮は、もとより琴の御琴をなむ習ひたまひけるを、いと若くて院にもひき別れたてまつりたまひしかば、おぼつかなく思して、 |
姫宮は、もともと琴の御琴をお習いであったが、とても小さい時に父院にお別れ申されたので、気がかりにお思いになって、 |
「参りたまはむついでに、かの御琴の音なむ聞かまほしき。さりとも琴ばかりは弾き取りたまひつらむ」 |
「お越しになる機会に、あの御琴の音をぜひ聞きたいものだ。いくら何でも琴だけは物になさったことだろう」 |
と、しりうごとに聞こえたまひけるを、内裏にも聞こし召して、 |
と、陰で申されなさったのを、帝におかせられてもお耳にあそばして、 |
「げに、さりとも、けはひことならむかし。院の御前にて、手尽くしたまはむついでに、参り来て聞かばや」 |
「仰せの通り、何と言っても、格別のご上達でしょう。院の御前で、奥義をお弾きなさる機会に、参上して聞きたいものだ」 |
などのたまはせけるを、大殿の君は伝へ聞きたまひて、 |
などと仰せになったのを、大殿の君は伝え聞きなさって、 |
「年ごろさりぬべきついでごとには、教へきこゆることもあるを、そのけはひは、げにまさりたまひにたれど、まだ聞こし召しどころあるもの深き手には及ばぬを、何心もなくて参りたまへらむついでに、聞こし召さむとゆるしなくゆかしがらせたまはむは、いとはしたなかるべきことにも」 |
「今までに適当な機会があるたびに、お教え申したことはあるが、その腕前は、確かに上達なさったが、まだお聞かせできるような深みのある技術には達していないのを、何の準備もなくて参上した機会に、お聞きあそばしたいと強くお望みあそばしたら、とてもきっときまり悪い思いをすることになりはせぬか」 |
と、いとほしく思して、このころぞ御心とどめて教へきこえたまふ。 |
と、気の毒にお思いになって、ここのところご熱心にお教え申し上げなさる。 |
調べことなる手、二つ三つ、おもしろき大曲どもの、四季につけて変はるべき響き、空の寒さぬるさをととのへ出でて、やむごとなかるべき手の限りを、取り立てて教へきこえたまふに、心もとなくおはするやうなれど、やうやう心得たまふままに、いとよくなりたまふ。 |
珍しい曲目、二つ三つ、面白い大曲類で、四季につれて変化するはずの響き、空気の寒さ温かさをその音色によって調え出して、高度な技術のいる曲目ばかりを、特別にお教え申し上げになるが、気がかりなようでいらっしゃるが、だんだんと習得なさるにつれて、大変上手におなりになる。 |
「昼は、いと人しげく、なほ一度も揺し按ずる暇も、心あわたたしければ、夜々なむ、静かにことの心もしめたてまつるべき」 |
「昼間は、たいそう人の出入りが多く、やはり絃を一度揺すって音をうねらせる間も、気ぜわしいので、夜な夜なに、静かに奏法の勘所をじっくりとお教え申し上げよう」 |
とて、対にも、そのころは御暇聞こえたまひて、明け暮れ教へきこえたまふ。 |
と言って、対の上にも、そのころはお暇申されて、朝から晩までお教え申し上げなさる。 |