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若菜下

第六章 紫の上の物語 出家願望と発病    

1. 源氏、紫の上と語る     

 

本文

現代語訳

 院は、対へ渡りたまひぬ。上は、止まりたまひて、宮に御物語など聞こえたまひて、暁にぞ渡りたまへる。日高うなるまで大殿籠れり。

 院は、対へお渡りになった。紫の上は、お残りになって、宮にお話など申し上げなさって、暁方にお帰りになった。日が高くなるまでお寝みになった。

 「宮の御琴の音は、いとうるさくなりにけりな。いかが聞きたまひし」

 「宮のお琴の音色は、たいそう上手になったものだな。どのようにお聞きなさいましたか」

 と聞こえたまへば、

 とお尋ねなさるので、

 「初めつ方、あなたにてほの聞きしは、いかにぞやありしを、いとこよなくなりにけり。いかでかは、かく異事なく教へきこえたまはむには」

 「初めの方は、あちらでちらっと聞いた時には、どんなものかしらと思いましたが、とてもこの上なく上手になりましたわ。どうして、あのように専心してお教え申し上げになったのですから」

 といらへきこえたまふ。

 とお答えなさる。

 「さかし。手を取る取る、おぼつかなからぬ物の師なりかし。これかれにも、うるさくわづらはしくて、暇いるわざなれば、教へたてまつらぬを、院にも内裏にも、琴はさりとも習はしきこゆらむとのたまふと聞くがいとほしく、さりとも、さばかりのことをだに、かく取り分きて御後見にと預けたまへるしるしにはと、思ひ起こしてなむ」

 「そうなのだ。手を取り取りの、たいした師匠なんだよ。他のどなたにも、厄介で、面倒なことなので、お教え申さないが、院にも帝にも、琴の琴はいくらなんでもお教え申しているだろうとおっしゃると、耳にするのがおいたわしくて、そうは言っても、せめてその程度のことだけはと、このように特別なご後見にとお預けになった甲斐にはと、思い立ってね」

 など聞こえたまふついでにも、

 などと申し上げなさるついでにも、

 「昔、世づかぬほどを、扱ひ思ひしさま、その世には暇もありがたくて、心のどかに取りわき教へきこゆることなどもなく、近き世にも、何となく次々、紛れつつ過ぐして、聞き扱はぬ御琴の音の、出で栄えしたりしも、面目ありて、大将の、いたくかたぶきおどろきたりしけしきも、思ふやうにうれしくこそありしか」

 「昔、まだ幼かったころ、お世話したものだが、当時は暇がなくて、ゆっくりと特別にお教え申し上げることなどもなく、近頃になっても、何となく次から次へと、とり紛れては日を送り、聞いて上げなかったお琴の音色が、素晴らしい出来映えだったのも、晴れがましいことで、大将が、たいそう耳を傾け感嘆していた様子も、思いどおりで嬉しいことであった」

 など聞こえたまふ。

 などと申し上げなさる。



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