第七章 柏木の物語 女三の宮密通の物語
3. 小侍従、手引きを承諾
本文 |
現代語訳 |
「いで、あな、聞きにく。あまりこちたくものをこそ言ひなしたまふべけれ。世はいと定めなきものを、女御、后も、あるやうありて、ものしたまふたぐひなくやは。まして、その御ありさまよ。思へば、いとたぐひなくめでたけれど、うちうちは心やましきことも多かるらむ。 |
「まあ、何と、聞きにくいことを。あまり大げさな物の言い方をなさるというものだ。男女の縁は分からないものだから、女御、后と申しても、事情がって、情を交わすことがないわけではあるまい。まして、その宮のご様子よ。思えば、たいそう又となく立派であるが、内情は面白くないことが多くあることだろう。 |
院の、あまたの御中に、また並びなきやうにならはしきこえたまひしに、さしもひとしからぬ際の御方々にたち混じり、めざましげなることもありぬべくこそ。いとよく聞きはべりや。世の中はいと常なきものを、ひときはに思ひ定めて、はしたなく、突き切りなることなのたまひそよ」 |
院が、大勢のお子様方の中で、他に肩を並べる者がないほど大切にお育て申し上げておいででしたのに、さほど同列とは思えないご夫人方の中にたち混じって、失礼に思うようなことがあるに違いない。何もかも知っておりますよ。世の中は無常なものですから、一概に決めつけて、取り付く島もなく、ぶっきらぼうにおっしゃるものではないよ」 |
とのたまへば、 |
とおっしゃるので、 |
「人に落とされたまへる御ありさまとて、めでたき方に改めたまふべきにやははべらむ。これは世の常の御ありさまにもはべらざめり。ただ、御後見なくて漂はしくおはしまさむよりは、親ざまに、と譲りきこえたまひしかば、かたみにさこそ思ひ交はしきこえさせたまひためれ。あいなき御落としめ言になむ」 |
「他の人から負かされていらっしゃるご境遇だからと言って、今さら別の結構な縁組をなさるというわけにも行きますまい。このご結婚は世間一般の結婚ではございませんでしょう。ただ、ご後見がなくて頼りなくお暮らしになるよりは、親代わりになって頂こう、というお譲り申し上げなさったご結婚なので、お互いにそのように思い合っていらっしゃるようです。つまらない悪口をおっしゃるものです」 |
と、果て果ては腹立つを、よろづに言ひこしらへて、 |
と、しまいには腹を立てるが、いろいろと言いなだめて、 |
「まことは、さばかり世になき御ありさまを見たてまつり馴れたまへる御心に、数にもあらずあやしきなれ姿を、うちとけて御覧ぜられむとは、さらに思ひかけぬことなり。ただ一言、物越にて聞こえ知らすばかりは、何ばかりの御身のやつれにかはあらむ。神仏にも思ふこと申すは、罪あるわざかは」 |
「本当は、そのように世に又とないご様子を日頃拝見していらっしゃるお方に、人数でもない見すぼらしい姿を、気を許して御覧に入れようとは、まったく考えていないことです。ただ一言、物越しに申し上げたいだけで、どれほどのご迷惑になることがありましょう。神仏にも思っていることを申し上げるのは、罪になることでしょうか」 |
と、いみじき誓言をしつつのたまへば、しばしこそ、いとあるまじきことに言ひ返しけれ、もの深からぬ若人は、人のかく身に代へていみじく思ひのたまふを、え否び果てで、 |
と、大変な誓言を繰り返しおっしゃるので、暫くの間は、まったくとんでもないことだと断っていたが、思慮の足りない若い女は、男がこのように命に代えてたいそう熱心にお頼みになるので、断り切れずに、 |
「もし、さりぬべき隙あらば、たばかりはべらむ。院のおはしまさぬ夜は、御帳のめぐりに人多くさぶらひて、御座のほとりに、さるべき人かならずさぶらひたまへば、いかなる折をかは、隙を見つけはべるべからむ」 |
「もし、適当な機会があったら、手立ていたしましょう。院がいらっしゃらない夜は、御帳台の回りに女房が大勢仕えていて、お寝みになる所には、しかるべき人が必ず伺候していらっしゃるので、どのような機会に、隙を見つけたらよいのだろう」 |
と、わびつつ参りぬ。 |
と、困りながら帰参した。 |