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若菜下

第七章 柏木の物語 女三の宮密通の物語    

9. 柏木と女二の宮の夫婦仲    

 

本文

現代語訳

 督の君は、まして、なかなかなる心地のみまさりて、起き臥し明かし暮らしわびたまふ。祭の日などは、物見に争ひ行く君達かき連れ来て言ひそそのかせど、悩ましげにもてなして、眺め臥したまへり。

 督の君は、宮以上に、かえって苦しさがまさって、寝ても起きても明けても暮れても日を暮らしかねていらっしゃる。祭の日などは、見物に先を争って行く公達が連れ立って誘うが、悩ましそうにして物思いに沈んで横になっていらっしゃった。

 女宮をば、かしこまりおきたるさまにもてなしきこえて、をさをさうちとけても見えたてまつりたまはず、わが方に離れゐて、いとつれづれに心細く眺めゐたまへるに、童べの持たる葵を見たまひて、

 女宮を、丁重にお扱い申しているが、親しくお逢い申されることもほとんどなさらず、ご自分の部屋に離れて、とても所在なさそうに心細く物思いに耽っていらっしゃるところに、女童が持っている葵を御覧になって、

 「悔しくぞ摘み犯しける葵草

   神の許せるかざしならぬに」

 「悔しい事に罪を犯してしまったことよ

   神が許した仲ではないのに」

 と思ふも、いとなかなかなり。

 と思うにつけても、まことに逢わないほうがましな思いである。

 世の中静かならぬ車の音などを、よそのことに聞きて、人やりならぬつれづれに、暮らしがたくおぼゆ。

 世間のにぎやかな車の音などを、他人事のように聞いて、我から招いた物思いに、一日が長く思われる。

 女宮も、かかるけしきのすさまじげさも見知られたまへば、何事とは知りたまはねど、恥づかしくめざましきに、もの思はしくぞ思されける。

 女宮も、このような様子のつまらなさそうなのがお分かりになるので、どのような事情とはお分かりにならないが、気が引け心外なと思われるにつけ、面白くない思いでいられるのであった。

 女房など、物見に皆出でて、人少なにのどやかなれば、うち眺めて、箏の琴なつかしく弾きまさぐりておはするけはひも、さすがにあてになまめかしけれど、「同じくは今ひと際及ばざりける宿世よ」と、なほおぼゆ。

 女房などは、見物に皆出かけて、人少なでのんびりしているので、物思いに耽って、箏の琴をやさしく弾くともなしに弾いていらっしゃるご様子も、内親王だけあって高貴で優雅であるが、「同じ皇女を頂くなら、もう一段及ばなかった運命よ」と、今なお思われる。

 「もろかづら落葉を何に拾ひけむ

   名は睦ましきかざしなれども」

 「劣った落葉のような方をどうして娶ったのだろう

   同じ院のご姉妹ではあるが」

 と書きすさびゐたる、いとなめげなるしりう言なりかし。

 と遊び半分に書いているのは、まこと失礼な蔭口である。



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