第十章 光る源氏の物語 密通露見後
3. 源氏、女三の宮の幼さを非難
本文 |
現代語訳 |
「良きやうとても、あまりひたおもむきにおほどかにあてなる人は、世のありさまも知らず、かつ、さぶらふ人に心おきたまふこともなくて、かくいとほしき御身のためも、人のためも、いみじきことにもあるかな」 |
「良いことだからと言って、あまり一途におっとりし過ぎている高貴な人は、世間の事もご存知なく、一方では、伺候している女房に用心なさることもなくて、このようにおいたわしいご自身にとっても、また相手にとっても、大変な事になるのだ」 |
と、かの御ことの心苦しさも、え思ひ放たれたまはず。 |
と、あのお方をお気の毒だと思う気持ちも、お捨てになることができない。 |
宮は、いとらうたげにて悩みわたりたまふさまの、なほいと心苦しく、かく思ひ放ちたまふにつけては、あやにくに、憂きに紛れぬ恋しさの苦しく思さるれば、渡りたまひて、見たてまつりたまふにつけても、胸いたくいとほしく思さる。 |
宮はまことに痛々しげにお苦しみ続けなさる様子が、やはりとてもお気の毒で、このようにお見限りになるにつけては、妙に嫌な気持ちに消せない恋しい気持ちが苦しく思われなさるので、お越しになって、お目にかかりなさるにつけても、胸が痛くおいたわしく思わずにはいらっしゃれない。 |
御祈りなど、さまざまにせさせたまふ。おほかたのことは、ありしに変らず、なかなか労しくやむごとなくもてなしきこゆるさまをましたまふ。気近くうち語らひきこえたまふさまは、いとこよなく御心隔たりて、かたはらいたければ、人目ばかりをめやすくもてなして、思しのみ乱るるに、この御心のうちしもぞ苦しかりける。 |
御祈祷などを、いろいろとおさせになる。大体のことは、以前と変わらず、かえって労り深く大事にお持てなし申し上げる態度がお加わりさる。身近にお話し合いなさる様子は、まことにすっかりお心が離れてしまって、体裁が悪いので、人前だけは体裁をつくろって、苦しみ悩んでばかりなさっているので、ご心中は苦しいのであった。 |
さること見きとも表はしきこえたまはぬに、みづからいとわりなく思したるさまも、心幼し。 |
そうした手紙を見たともはっきり申し上げなさらないのに、ご自分でとてもむやみに苦しみ悩んでいらっしゃるのも子供っぽいことである。 |
「いとかくおはするけぞかし。良きやうといひながら、あまり心もとなく後れたる、頼もしげなきわざなり」 |
「まことにこんなお人柄である。良い事だとは言っても、あまりに気がかりなほどおっとりし過ぎているのは、何とも頼りないことだ」 |
と思すに、世の中なべてうしろめたく、 |
とお思いになると、男女の仲の事がすべて心もとなく、 |
「女御の、あまりやはらかにおびれたまへるこそ、かやうに心かけきこえむ人は、まして心乱れなむかし。女は、かうはるけどころなくなよびたるを、人もあなづらはしきにや、さるまじきに、ふと目とまり、心強からぬ過ちはし出づるなりけり」 |
「女御が、あまりにやさしく穏やかでいらっしゃるのは、このように懸想するような人は、これ以上にきっと心が乱れることであろう。女性は、このように内気でなよなよとしているのを、男も甘く見るのだろうか、あってはならぬが、ふと目にとまって、自制心のない過失を犯すことになるのだ」 |
と思す。 |
とお思いになる。 |