第二章 女三の宮の物語 女三の宮の出家
2. 朱雀院、女三の宮の希望を入れる
本文 |
現代語訳 |
「かたはらいたき御座なれども」 |
「はなはだ恐縮な御座所ではありますが」 |
とて、御帳の前に、御茵参りて入れたてまつりたまふ。宮をも、とかう人びと繕ひきこえて、床のしもに下ろしたてまつる。御几帳すこし押しやらせたまひて、 |
と言って、御帳台の前に、御褥を差し上げてお入れ申し上げなさる。宮を、あれこれと女房たちが身なりをお整い申して、浜床の下方にお下ろし申し上げる。御几帳を少し押し除けさせなさって、 |
「夜居加持僧などの心地すれど、まだ験つくばかりの行なひにもあらねば、かたはらいたけれど、ただおぼつかなくおぼえたまふらむさまを、さながら見たまふべきなり」 |
「夜居の加持僧などのような気がするが、まだ効験が現れるほどの修業もしていないので、恥ずかしいけれど、ただお会いしたく思っていらっしゃるわたしの姿を、そのままとくと御覧になるがよい」 |
とて、御目おし拭はせたまふ。宮も、いと弱げに泣いたまひて、 |
とおっしゃって、お目をお拭いあそばす。宮も、とても弱々しくお泣きになって、 |
「生くべうもおぼえはべらぬを、かくおはしまいたるついでに、尼になさせたまひてよ」 |
「生き永らえそうにも思われませんので、このようにお越しになった機会に、尼になさって下さいませ」 |
と聞こえたまふ。 |
と申し上げなさる。 |
「さる御本意あらば、いと尊きことなるを、さすがに、限らぬ命のほどにて、行く末遠き人は、かへりてことの乱れあり、世の人に誹らるるやうありぬべき」 |
「そのようなご希望があるならば、まことに尊いことであるが、そうはいえ、人の寿命は分からないものゆえ、生き先長い人は、かえって後で間違いを起こして、世間の非難を受けるようなことになりかねないだろう」 |
などのたまはせて、大殿の君に、 |
などと仰せられて、大殿の君に、 |
「かくなむ進みのたまふを、今は限りのさまならば、片時のほどにても、その助けあるべきさまにてとなむ、思ひたまふる」 |
「このように自分から進んでおっしゃるので、もうこれが最期の様子ならば、ちょっとの間でも、その功徳があるようにして上げたい、と存じます」 |
とのたまへば、 |
と仰せになるので、 |
「日ごろもかくなむのたまへど、邪気などの、人の心たぶろかして、かかる方にて進むるやうもはべなるをとて、聞きも入れはべらぬなり」 |
「この日頃もそのようにおっしゃいますが、物の怪などが、宮のお心を惑わして、このような方面に勧めるようなこともございますこととて、お聞き入れ致さないのです」 |
と聞こえたまふ。 |
とお申し上げになる。 |
「もののけの教へにても、それに負けぬとて、悪しかるべきことならばこそ憚らめ、弱りにたる人の、限りとてものしたまはむことを、聞き過ぐさむは、後の悔い心苦しうや」 |
「物の怪の教えであっても、それに負けたからといって、悪いことになるのならば控えねばならないが、衰弱した人が、最期と思って願っていらっしゃるのを、聞き過ごすのは、後々になって悔やまれ辛い思いをするのではないか」 |
とのたまふ。 |
と仰せになる。 |