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柏木

第三章 柏木の物語 夕霧の見舞いと死去    

4. 柏木、泡の消えるように死去  

 

本文

現代語訳

 女御をばさらにも聞こえず、この大将の御方などもいみじう嘆きたまふ。心おきての、あまねく人のこのかみ心にものしたまひければ、右の大殿の北の方も、この君をのみぞ、睦ましきものに思ひきこえたまひければ、よろづに思ひ嘆きたまひて、御祈りなど取り分きてせさせたまひけれど、やむ薬ならねば、かひなきわざになむありける。女宮にも、つひにえ対面しきこえたまはで、泡の消え入るやうにて亡せたまひぬ。

 女御は申し上げるまでもなく、この大将の御方などもひどくお嘆きになる。思ひやりが、誰に対しても兄としての面倒見がよくていらっしゃったので、右の大殿の北の方も、この君だけを親しい人とお思い申し上げていらしたので、万事にお嘆きになって、ご祈祷などを特別におさせになったが、薬では治らない病気なので、何の役にも立たないことであった。女宮にも、とうとうお目にかかることがおできになれないで、泡が消えるようにしてお亡くなりになった。

 年ごろ、下の心こそねむごろに深くもなかりしか、大方には、いとあらまほしくもてなしかしづききこえて、気なつかしう、心ばへをかしう、うちとけぬさまにて過ぐいたまひければ、つらき節もことになし。ただ、

 長年の間、心底から真心こめて愛していたのではなかったが、表面的には、まことに申し分なく大事にお世話申し上げて、素振りもお優しく、気立てもよく、礼節をわきまえてお過ごしになられたので、辛いと思った事も特にない。ただ、

 「かく短かりける御身にて、あやしくなべての世すさまじう思ひたまへけるなりけり」

 「このように短命なお方だったので、不思議なことに普通の生活を面白くなくお思いであったのだわ」

 と思ひ出でたまふに、いみじうて、思し入りたるさま、いと心苦し。

 とお思い出されると、悲しくて、沈み込んでいらっしゃる様子、ほんとうにおいたわしい。

 御息所も、「いみじう人笑へに口惜し」と、見たてまつり嘆きたまふこと、限りなし。

 母御息所も、「大変に外聞が悪く残念だ」と、拝見しお嘆きになること、この上もない。

 大臣、北の方などは、ましていはむかたなく、

 大臣や、北の方などは、それ以上に何とも言いようがなく、

 「我こそ先立ため。世のことわりなうつらいこと」

 「自分こそ先に死にたいものだ。世間の道理もあったものでなく辛いことよ」

 と焦がれたまへど、何のかひなし。

 と恋い焦がれなさったが、何にもならない。

 尼宮は、おほけなき心もうたてのみ思されて、世に長かれとしも思さざりしを、かくなむと聞きたまふは、さすがにいとあはれなりかし。

 尼宮は、大それた恋心も不愉快なこととばかりお思いなされて、長生きして欲しいともお思いではなかったが、このように亡くなったとお聞きになると、さすがに可哀そうな気がした。

 「若君の御ことを、さぞと思ひたりしも、げに、かかるべき契りにてや、思ひのほかに心憂きこともありけむ」と思し寄るに、さまざまもの心細うて、うち泣かれたまひぬ。

 「若君のご誕生を、自分の子だと思っていたのも、なるほど、こうなるはずの運命であってか、思いがけない辛い事もあったのだろう」とお考えいたると、あれこれと心細い気がして、お泣きになった。



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