第二章 光る源氏の物語 六条院と冷泉院の中秋の宴
2. 八月十五夜、秋の虫の論
本文 |
現代語訳 |
十五夜の夕暮に、仏の御前に宮おはして、端近う眺めたまひつつ念誦したまふ。若き尼君たち二、三人、花奉るとて鳴らす閼伽坏の音、水のけはひなど聞こゆる、さま変はりたるいとなみに、そそきあへる、いとあはれなるに、例の渡りたまひて、 |
十五夜の夕暮に、仏の御前に宮はいらっしゃって、端近くに物思いに耽りながら念誦なさる。若い尼君たち二、三人が花を奉ろうとして鳴らす閼伽、坏の音、水の感じなどが聞こえるのは、今までとは違った仕事に、忙しく働いているが、まことに感慨無量なので、いつものようにお越しになって、 |
「虫の音いとしげう乱るる夕べかな」 |
「虫の音がとてもうるさく鳴き乱れている夕方ですね」 |
とて、われも忍びてうち誦じたまふ阿弥陀の大呪、いと尊くほのぼの聞こゆ。げに、声々聞こえたる中に、鈴虫のふり出でたるほど、はなやかにをかし。 |
と言って、自分もひっそりと朗誦なさる阿彌陀経の大呪が、たいそう尊くかすかに聞こえる。いかにも、虫の音がいろいろ聞こえる中で、鈴虫が声を立てているところは、華やかで趣きがある。 |
「秋の虫の声、いづれとなき中に、松虫なむすぐれたるとて、中宮の、はるけき野辺を分けて、いとわざと尋ね取りつつ放たせたまへる、しるく鳴き伝ふるこそ少なかなれ。名には違ひて、命のほどはかなき虫にぞあるべき。 |
「秋の虫の声は、どれも素晴らしい中で、松虫が特に優れているとおっしゃって、中宮が、遠い野原から、特別に探して来てはお放ちになったが、はっきり鳴き伝えているのは少ないようだ。名前とは違って、寿命の短い虫のようである。 |
心にまかせて、人聞かぬ奥山、はるけき野の松原に、声惜しまぬも、いと隔て心ある虫になむありける。鈴虫は、心やすく、今めいたるこそらうたけれ」 |
思う存分に、誰も聞かない山奥、遠い野原の松原で、声を惜しまず鳴いているのも、まことに分け隔てしている虫であるよ。鈴虫は、親しみやすく、にぎやかに鳴くのがかわいらしい」 |
などのたまへば、宮、 |
などとおっしゃると、宮は、 |
「おほかたの秋をば憂しと知りにしを ふり捨てがたき鈴虫の声」 |
「秋という季節はつらいものと分かっておりますが やはり鈴虫の声だけは飽きずに聴き続けていたいものです」 |
と忍びやかにのたまふ。いとなまめいて、あてにおほどかなり。 |
とひっそりとおっしゃる。とても優雅で、上品でおっとりしていらっしゃる。 |
「いかにとかや。いで、思ひの外なる御ことにこそ」とて、 |
「何とおしゃいましたか。いやはや、思いがけないお言葉ですね」と言って、 |
「心もて草の宿りを厭へども なほ鈴虫の声ぞふりせぬ」 |
「ご自分からこの家をお捨てになったのですが やはりお声は鈴虫と同じように今も変わりません」 |
など聞こえたまひて、琴の御琴召して、珍しく弾きたまふ。宮の御数珠引き怠りたまひて、御琴になほ心入れたまへり。 |
などと申し上げなさって、琴の御琴を召して、珍しくお弾きになる。宮が御数珠を繰るのを忘れなさって、お琴の音色に依然として聴き入っていらっしゃった。 |
月さし出でて、いとはなやかなるほどもあはれなるに、空をうち眺めて、世の中さまざまにつけて、はかなく移り変はるありさまも思し続けられて、例よりもあはれなる音に掻き鳴らしたまふ。 |
月が出て、とても明るくなったのもしみじみと心を打つので、空をちょっと眺めて、人の世のあれこれにつけて、無常に移り変わる有様が次々と思い出されて、いつもよりもしみじみとした音色でお弾きになる。 |