第二章 光る源氏の物語 六条院と冷泉院の中秋の宴
4. 冷泉院より招請の和歌
本文 |
現代語訳 |
御土器二わたりばかり参るほどに、冷泉院より御消息あり。御前の御遊びにはかにとまりぬるを口惜しがりて、左大弁、式部大輔、また人びと率ゐて、さるべき限り参りたれば、大将などは六条の院にさぶらひたまふ、と聞こし召してなりけり。 |
お杯が二回りほど廻ったころに、冷泉院からお手紙がある。宮中の御宴が急に中止になったのを残念に思って、左大弁や、式部大輔らが、また大勢人々を引き連れて、詩文に堪能な人々ばかりが参上したところ、大将などは六条院に伺候していらっしゃる、とお耳にあそばしてなのであった。 |
「雲の上をかけ離れたるすみかにも もの忘れせぬ秋の夜の月 同じくは」 |
「宮中から遠く離れて住んでいる仙洞御所にも 忘れもせず秋の月は照っています 同じことならあなたにも」 |
と聞こえたまへれば、 |
とお申し上げなさったので、 |
「何ばかり所狭き身のほどにもあらずながら、今はのどやかにおはしますに、参り馴るることもをさをさなきを、本意なきことに思しあまりて、おどろかさせたまへる、かたじけなし」 |
「どれほどの窮屈な身分ではないのだが、今はのんびりとしてお過ごしになっていらっしゃるところに、親しく参上することもめったにないことを、不本意なことと思し召されるあまりに、お便りをお寄越しあばされている、恐れ多いことだ」 |
とて、にはかなるやうなれど、参りたまはむとす。 |
とおっしゃって、急な事のようだが、参上なさろうとする。 |
「月影は同じ雲居に見えながら わが宿からの秋ぞ変はれる」 |
「月の光は昔と同じく照っていますが わたしの方がすっかり変わってしまいました」 |
異なることなかめれど、ただ昔今の御ありさまの思し続けられけるままなめり。御使に盃賜ひて、禄いと二なし。 |
特に変わったところはないようであるが、ただ昔と今とのご様子が思い続けられての歌なのであろう。お使者にお酒を賜って、禄はまたとなく素晴らしい |