第四章 夕霧の物語 落葉宮に心あくがれる夕霧
2. 雲居雁の嘆きの歌
本文 |
現代語訳 |
女君、なほこの御仲のけしきを、 |
女君、やはりこのお二人のご様子を、 |
「いかなるにかありけむ。御息所とこそ、文通はしも、こまやかにしたまふめりしか」 |
「どのような関係だったのだろうか。御息所と、手紙を遣り取りしていたのも、親密なようになさっていたようだが」 |
など思ひ得がたくて、夕暮の空を眺め入りて臥したまへるところに、若君してたてまつれたまへる。はかなき紙の端に、 |
などと納得がゆきがたいので、夕暮の空を眺め入って臥せっていらっしゃるところに、若君を使いにして差し上げなさった。ちょっとした紙の端に、 |
「あはれをもいかに知りてか慰めむ あるや恋しき亡きや悲しき |
「お悲しみを何が原因と知ってお慰めしたらよいものか 生きている方が恋しいのか、亡くなった方が悲しいのか |
おぼつかなきこそ心憂けれ」 |
はっきりしないのが情けないのです」 |
とあれば、ほほ笑みて、 |
とあるので、にっこりとして、 |
「先ざきも、かく思ひ寄りてのたまふ、似げなの、亡きがよそへや」 |
「以前にも、このような想像をしておっしゃる、見当違いな、故人などを持ち出して」 |
と思す。いとどしく、ことなしびに、 |
とお思いになる。ますます、何気ないふうに、 |
「いづれとか分きて眺めむ消えかへる 露も草葉のうへと見ぬ世を |
「特に何がといって悲しんでいるのではありません 消えてしまう露も草葉の上だけでないこの世ですから |
おほかたにこそ悲しけれ」 |
世間一般の無常が悲しいのです」 |
と書いたまへり。「なほ、かく隔てたまへること」と、露のあはれをばさしおきて、ただならず嘆きつつおはす。 |
とお書きになっていた。「やはり、このように隔て心を持っていらっしゃること」と、露の世の悲しさは二の次のこととして、並々ならず胸を痛めていらっしゃる。 |
なほ、かくおぼつかなく思しわびて、また渡りたまへり。「御忌など過ぐしてのどやかに」と思し静めけれど、さまでもえ忍びたまはず、 |
やはり、このように気がかりでたまらなくなって、改めてお越しになった。「御忌中などが明けてからゆっくり訪ねよう」と、気持ちを抑えていらっしゃったが、そこまでは我慢がおできになれず、 |
「今はこの御なき名の、何かはあながちにもつつまむ。ただ世づきて、つひの思ひかなふべきにこそは」 |
「今はもうこのおん浮名を、どうして無理に隠していようか。ただ世間一般の男性と同様に、目的を遂げるまでのことだ」 |
と、思したばかりにければ、北の方の御思ひやりを、あながちにもあらがひきこえたまはず。 |
と、ご計画なさったので、北の方のご想像を、無理に打ち消そうとなさらない。 |
正身は強う思し離るとも、かの一夜ばかりの御恨み文をとらへどころにかこちて、「えしも、すすぎ果てたまはじ」と、頼もしかりけり。 |
ご本人はきっぱりとお気持ちがなくても、あの「一夜ばかりの宿を」といった恨みのお手紙を理由に訴えて、「潔白を言い張ることは、おできになれまい」と、心強くお思いになるのであった。 |