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御法

第一章 紫の上の物語 死期間近き春から夏の物語    

2. 二条院の法華経供養  

 

本文

現代語訳

 年ごろ、私の御願にて書かせたてまつりたまひける『法華経』千部、いそぎて供養じたまふ。わが御殿と思す二条院にてぞしたまひける。七僧の法服など、品々賜はす。物の色、縫ひ目よりはじめて、きよらなること、限りなし。おほかた何ごとも、いといかめしきわざどもをせられたり。

 長年、私的なご発願としてお書かせ申し上げなさった『法華経』一千部を、急いでご供養なさる。ご自身のお邸とお思いの二条院で催されるのであった。七僧の法服など、それぞれ身分に応じてお与えになる。法服の染色や、仕立て方をはじめとして、美しいこと、この上ない。だいたいどのようなことに対しても、実にご荘厳な法会を催された。

 ことことしきさまにも聞こえたまはざりければ、詳しきことどもも知らせたまはざりけるに、女の御おきてにてはいたり深く、仏の道にさへ通ひたまひける御心のほどなどを、院はいと限りなしと見たてまつりたまひて、ただおほかたの御しつらひ、何かのことばかりをなむ、営ませたまひける。楽人、舞人などのことは、大将の君、取り分きて仕うまつりたまふ。

 大層な催しには致されなかったので、詳細な事柄はお教えなさらなかったのに、女性のお指図としては行き届いており、仏道にまで通じていらっしゃるお心のほどなどを、院はまことにこの上ない方だと感心なさって、ただ大体のお飾り、何やかのことだけを、お世話なさるのであった。楽人、舞人などのことは、大将の君が特別にお世話を申し上げなさる。

 内裏、春宮、后の宮たちをはじめたてまつりて、御方々、ここかしこに御誦経、捧物などばかりのことをうちしたまふだに所狭きに、まして、そのころ、この御いそぎを仕うまつらぬ所なければ、いとこちたきことどもあり。「いつのほどに、いとかくいろいろ思しまうけけむ。げに、石上の世々経たる御願にや」とぞ見えたる。

 帝、春宮、后宮たちをおはじめ申して、ご夫人方が、それぞれ御誦経、捧げ物など程度のことをご寄進なさるのでさえ所狭しなのに、それ以上に、その当時は、このご準備のご用をお務めしない人がないので、たいそう物々しいことがあれこれとある。「いつのまに、とてもこのようにいろいろとご用意なさったのであろう。なるほど、古い昔からの御願であろうか」と見えた。

 花散里と聞こえし御方、明石なども渡りたまへり。南東の戸を開けておはします。寝殿の西の塗籠なりけり。北の廂に、方々の御局どもは、障子ばかりを隔てつつしたり。

 花散里と申し上げた御方、明石などもお越しになった。東南の妻戸を開けていらっしゃる。寝殿の西の塗籠であった。北の廂に、御方々のお席は、襖障子だけを仕切って設えてあった。



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