第一章 紅梅大納言家の物語 娘たちの結婚を思案
3. 宮の御方の魅力
本文 |
現代語訳 |
殿は、つれづれなる心地して、西の御方は、一つに慣らひたまひて、いとさうざうしくながめたまふ。東の姫君も、うとうとしくかたみにもてなしたまはで、夜々は一所に大殿籠もり、よろづの御こと習ひ、はかなき御遊びわざをも、こなたを師のやうに思ひきこえてぞ、誰れも習ひ遊びたまひける。 |
殿は、所在ない心地がして、西の御方は、一緒でいることに馴れていらっしゃたので、とても寂しく物思いに沈んでいらっしゃる。東の姫君も、よそよそしくお互いになさらず、夜々は同じ所にお寝みになり、いろいろなお稽古事を習い、ちょっとしたお遊び事なども、こちらを先生のようにお思い申し上げて、大君も中の君も習ったり遊んだりしていらっしゃった。 |
もの恥ぢを世の常ならずしたまひて、母北の方にだに、さやかにはをさをささし向ひたてまつりたまはず、かたはなるまでもてなしたまふものから、心ばへけはひの埋れたるさまならず、愛敬づきたまへること、はた、人よりすぐれたまへり。 |
人見知りを世間の人以上になさって、母北の方にさえ、ちゃんとお顔をお見せ申し上げることもなさらず、おかしなほど控え目でいらっしゃる一方で、気立てや雰囲気が陰気なところはなく、愛嬌がおありであることは、それは、誰よりも優れていらっしゃった。 |
かく、内裏参りや何やと、わが方ざまをのみ思ひ急ぐやうなるも、心苦しなど思して、 |
このように、春宮への入内や何やと、ご自分の姫君のことばかり考えてご準備するのも、お気の毒だとお思いになって、 |
「さるべからむさまに思し定めてのたまへ。同じこととこそは、仕うまつらめ」 |
「適当なご縁談をお考えになっておっしゃってください。同じように、お世話いたしましょう」 |
と、母君にも聞こえたまひけれど |
と、母君にも申し上げなさったが、 |
「さらにさやうの世づきたるさま、思ひ立つべきにもあらぬけしきなれば、なかなかならむことは、心苦しかるべし。御宿世にまかせて、世にあらむ限りは見たてまつらむ。後ぞあはれにうしろめたけれど、世を背く方にても、おのづから人笑へに、あはつけきこばなくて、過ぐしたまはなむ」 |
「まったくそのような結婚の事は、考えようともしない様子なので、なまじっかの結婚は、気の毒でしょう。ご運命にまかせて、自分が生きている間はお世話申そう。死後はかわいそうで心配ですが、出家してなりとも、自然と人から笑われ、軽薄なことがなくて、お過ごしになってほしい」 |
など、うち泣きて、御心ばせの思ふやうなることをぞ聞こえたまふ。 |
などと、ちょっと泣いて、宮のご性質が立派なことを申し上げなさる。 |
いづれも分かず親がりたまへど、御容貌を見ばやとゆかしう思して、「隠れたまふこそ心憂けれ」と恨みて、「人知れず、見えたまひぬべしや」と、覗きありきたまへど、絶えてかたそばをだに、え見たてまつりたまはず。 |
どの娘も分け隔てなく親らしくなさるが、ご器量を見たいと心動かされて、「お顔をお見せにならないのが辛いことだ」と恨んで、「こっそりと、お見えにならないか」と、覗いて回りなさるが、ちらりとさえお見せにならない。 |
「上おはせぬほどは、立ち代はりて参り来べきを、うとうとしく思し分くる御けしきなれば、心憂くこそ」 |
「母上がいらっしゃらない間は、代わってわたしが参りますが、よそよそしく分け隔てなさるご様子なので、辛いことです」 |
など聞こえ、御簾の前にゐたまへば、御いらへなど、ほのかに聞こえたまふ。御声けはひなど、あてにをかしう、さま容貌思ひやられて、あはれにおぼゆる人の御ありさまなり。わが御姫君たちを、人に劣らじと思ひおごれど、「この君に、えしもまさらずやあらむ。かかればこそ、世の中の広きうちはわづらはしけれ。たぐひあらじと思ふに、まさる方も、おのづからありぬべかめり」など、いとどいぶかしう思ひきこえたまふ。 |
などと申し上げて、御簾の前にお座りになるので、お返事などを、かすかに申し上げなさる。お声、様子など、上品で美しく、容姿や器量が想像されて、立派だと感じられるご様子の人である。ご自分の姫君たちを、誰にも負けないだろうと自慢に思っているが、「この姫君には、とても勝てないだろうか。こうだからこそ、世間付き合いの広い宮中は厄介なのだ。二人といまいと思うのに、それ以上の方も自然といることだろう」などと、ますます気がかりにお思い申し上げになさる。 |