TOP  総目次  源氏物語目次   前へ 次へ
橋姫

第三章 薫の物語 八の宮の娘たちを垣間見る   

3. 薫、姉妹を垣間見る   

 

本文

現代語訳

 あなたに通ふべかめる透垣の戸を、すこし押し開けて見たまへば、月をかしきほどに霧りわたれるを眺めて、簾を短く巻き上げて、人びとゐたり。簀子に、いと寒げに、身細く萎えばめる童女一人、同じさまなる大人などゐたり。内なる人一人、柱に少しゐ隠れて、琵琶を前に置きて、撥を手まさぐりにしつつゐたるに、雲隠れたりつる月の、にはかにいと明くさし出でたれば、

 あちらに通じているらしい透垣の戸を、少し押し開けて御覧になると、月が美しい具合に霧がかかっているのを眺めて、簾を短く巻き上げて、女房たちが座っている。簀子に、たいそう寒そうに、痩せてみすぼらしい着物の女童一人と、同じ姿をした大人などが座っていた。内側にいる人一人、柱に少し隠れて、琵琶を前に置いて、撥をもてあそびながら座っていたところ、雲に隠れていた月が、急にぱあっと明るく差し出たので、

 「扇ならで、これしても、月は招きつべかりけり」

 「扇でなくて、これでもっても、月は招き寄せられそうだわ」

 とて、さしのぞきたる顔、いみじくらうたげに匂ひやかなるべし。

 と言って、外を覗いている顔、たいそうかわいらしくつやつやしているのであろう。

 添ひ臥したる人は、琴の上に傾きかかりて、

 添い臥している姫君は、琴の上に身をもたれかけて、

 「入る日を返す撥こそありけれ、さま異にも思ひ及びたまふ御心かな」

 「入り日を戻す撥というのはありますが、変わったことを思いつきなさるお方ですこと」

 とて、うち笑ひたるけはひ、今少し重りかによしづきたり。

 と言って、ちょっとほほ笑んでいる様子、もう少し落ち着いて優雅な感じがした。

 「及ばずとも、これも月に離るるものかは」

 「そこまででなくても、これも月に縁のないものではないわ」

 など、はかなきことを、うち解けのたまひ交はしたるけはひども、さらによそに思ひやりしには似ず、いとあはれになつかしうをかし。

 などと、とりとめもないことを、気を許して言い合っていらっしゃる二人の様子、まったく見ないで想像していたのとは違って、とても可憐で親しみが持て感じがよい。

 「昔物語などに語り伝へて、若き女房などの読むをも聞くに、かならずかやうのことを言ひたる、さしもあらざりけむ」と、憎く推し量らるるを、「げに、あはれなるものの隈ありぬべき世なりけり」と、心移りぬべし。

 「昔物語などに語り伝えて、若い女房などが読むのを聞くにも、必ずこのようなことを言っていたが、そのようなことはないだろう」と、想像していたのに、「なるほど、人の心を打つような隠れたことがある世の中だったのだな」と、心が惹かれて行きそうである。

 霧の深ければ、さやかに見ゆべくもあらず。また、月さし出でなむと思すほどに、奥の方より、「人おはす」と告げきこゆる人やあらむ、簾下ろして皆入りぬ。おどろき顔にはあらず、なごやかにもてなして、やをら隠れぬるけはひども、衣の音もせず、いとなよよかに心苦しくて、いみじうあてにみやびかなるを、あはれと思ひたまふ。

 霧が深いので、はっきりと見ることもできない。再び、月が出て欲しいとお思いになっていた時に、奥の方から、「お客様です」と申し上げた人がいたのであろうか、簾を下ろして皆入ってしまった。驚いたふうでもなく、ものやわらかに振る舞って、静かに隠れた方々の様子、衣擦れの音もせず、とても柔らかくなっておいたわしい感じで、ひどく上品で優雅なのを、しみじみとお思いなさる。

 やをら出でて、京に、御車率て参るべく、人走らせつ。ありつる侍に、

 静かに出て、京に、お車を引いて参るよう、人を走らせた。先ほどの男に、

 「折悪しく参りはべりにけれど、なかなかうれしく、思ふことすこし慰めてなむ。かくさぶらふよし聞こえよ。いたう濡れにたるかことも聞こえさせむかし」

 「具合悪い時に参ってしまいましたが、かえって嬉しく、思いが少し慰められました。このように参った旨を申し上げよ。ひどく露に濡れた愚痴も申し上げたい」

 とのたまへば、参りて聞こゆ。

 とおっしゃると、参上して申し上げる。



TOP  総目次  源氏物語目次 ページトップへ  前へ 次へ