第四章 宇治の姉妹の物語 歳末の宇治の姫君たち
4. 薫と大君、和歌を詠み交す
本文 |
現代語訳 |
「かならず御みづから聞こしめし負ふべきこととも思うたまへず。それは、雪を踏み分けて参り来たる心ざしばかりを、御覧じ分かむ御このかみ心にても過ぐさせたまひてよかし。かの御心寄せは、また異にぞはべべかめる。ほのかにのたまふさまもはべめりしを、いさや、それも人の分ききこえがたきことなり。御返りなどは、いづ方にかは聞こえたまふ」 |
「必ずしもご自身のこととしてお考えになることとも存じません。それは、雪を踏み分けて参った気持ちぐらいは、ご理解下さる姉君としてのお考えでいらっしゃって下さい。あの宮のご関心は、また別な方のほうにあるようでございます。わずかに文をお取り交わしなさることもございましたが、さあ、それも他人にはどちらかと判断申し上げにくいことです。お返事などは、どちらの方が差し上げなさるのですか」 |
と問ひ申したまふに、「ようぞ、戯れにも聞こえざりける。何となけれど、かうのたまふにも、いかに恥づかしう胸つぶれまし」と思ふに、え答へやりたまはず。 |
とお尋ね申し上げるので、「よくまあ、冗談にも差し上げなくてよかったことよ。何ということはないが、このようにおっしゃるにつけても、どんなに恥ずかしく胸が痛んだことだろう」と思うと、お返事もおできになれない。 |
「雪深き山のかけはし君ならで またふみかよふ跡を見ぬかな」 |
「雪の深い山の懸け橋は、あなた以外に 誰も踏み分けて訪れる人はございません」 |
と書きて、さし出でたまへれば、 |
と書いて、差し出しなさると、 |
「御ものあらがひこそ、なかなか心おかれはべりぬべけれ」とて、 |
「お言い訳をなさるので、かえって疑いの気持ちが起こります」と言って、 |
「つららとぢ駒ふみしだく山川を しるべしがてらまづや渡らむ |
「氷に閉ざされて馬が踏み砕いて歩む山川を 宮の案内がてら、まずはわたしが渡りましょう |
さらばしも、影さへ見ゆるしるしも、浅うははべらじ」 |
そうなったら、わたしが訪ねた効も、あるというものでしょう」 |
と聞こえたまへば、思はずに、ものしうなりて、ことにいらへたまはず。けざやかに、いともの遠くすくみたるさまには見えたまはねど、今やうの若人たちのやうに、艶げにももてなさで、いとめやすく、のどかなる心ばへならむとぞ、推し量られたまふ人の御けはひなる。 |
と申し上げなさると、意外な懸想に、嫌な気がして、特にお答えなさらない。きわだって、よそよそしい様子にはお見えにならないが、今風の若い人たちのように、優美にも振る舞わずに、まことに好ましく、おおらかな気立てなのだろうと、推察されなさるご様子の方である。 |
かうこそは、あらまほしけれと、思ふに違はぬ心地したまふ。ことに触れて、けしきばみ寄るも、知らず顔なるさまにのみもてなしたまへば、心恥づかしうて、昔物語などをぞ、ものまめやかに聞こえたまふ。 |
こうあってこそは、理想的だと、期待する気持ちに違わない気がなさる。何かにつけて、懸想心を態度にお現しになるのに対しても、気づかないふりばかりをなさるので、気恥ずかしくて、昔の話などを、真面目くさって申し上げなさる。 |