第一章 中君の物語 匂宮との結婚を前にした宇治での生活
3. 正月下旬、薫、匂宮を訪問
本文 |
現代語訳 |
内宴など、もの騒がしきころ過ぐして、中納言の君、「心にあまることをも、また誰れにかは語らはむ」と思しわびて、兵部卿宮の御方に参りたまへり。 |
内宴など、何かと忙しい時期を過ごして、中納言の君が、「心におさめかねていることを、また他に誰に話せようか」とお思い余って、兵部卿宮の御方に参上なさった。 |
しめやかなる夕暮なれば、宮うち眺めたまひて、端近くぞおはしましける。箏の御琴かき鳴らしつつ、例の、御心寄せなる梅の香をめでおはする、下枝を押し折りて参りたまへる、匂ひのいと艶にめでたきを、折をかしう思して、 |
しんみりとした夕暮なので、宮は物思いに耽っておいでになって、端近くにいらっしゃった。箏のお琴を掻き鳴らしながら、いつものように、お気に入りの梅の香を賞美しておいでになる、その下枝を手折って参上なさったが、匂いがたいそう優雅で素晴らしいのを、折柄興あることにお思いになって、 |
「折る人の心にかよふ花なれや 色には出でず下に匂へる」 |
「折る人の心に通っている花なのだろうか 表には現さないで内に匂いを含んでいる」 |
とのたまへば、 |
とおっしゃるので、 |
「見る人にかこと寄せける花の枝を 心してこそ折るべかりけれ |
「見る人に言いがかりをつけられる花の枝は 注意して折るべきでした |
わづらはしく」 |
迷惑なことです」 |
と、戯れ交はしたまへる、いとよき御あはひなり。 |
と冗談を言い交わしなさっているが、実にも仲好いお二方である。 |
こまやかなる御物語どもになりては、かの山里の御ことをぞ、まづはいかにと、宮は聞こえたまふ。中納言も、過ぎにし方の飽かず悲しきこと、そのかみより今日まで思ひの絶えぬよし、折々につけて、あはれにもをかしくも、泣きみ笑ひみとかいふらむやうに、聞こえ出でたまふに、ましてさばかり色めかしく、涙もろなる御癖は、人の御上にてさへ、袖もしぼるばかりになりて、かひがひしくぞあひしらひきこえたまふめる。 |
こまごまとしたお話になってからは、あの山里の御事を、まずはどうしているかと、宮はお尋ね申し上げなさる。中納言も、亡くなった方のことが諦めようもなく悲しいことを、その当時から今日までの思いの断ち切れないことを、四季折々につけて、悲しいことや風流なことを、悲喜こもごもとか言うように、申し上げなさると、それ以上にあれほど色っぽく涙もろいご性癖は、人のお身の上のことでさえ、袖をしぼるほどになって、話しがいがあるようにお答えなさっているようである。 |