第一章 中君の物語 匂宮との結婚を前にした宇治での生活
5. 中君、姉大君の服喪が明ける
本文 |
現代語訳 |
かしこにも、よき若人童など求めて、人びとは心ゆき顔にいそぎ思ひたれど、今はとてこの伏見を荒らし果てむも、いみじく心細ければ、嘆かれたまふこと尽きせぬを、さりとても、またせめて心ごはく、絶え籠もりてもたけかるまじく、「浅からぬ仲の契りも、絶え果てぬべき御住まひを、いかに思しえたるぞ」とのみ、怨みきこえたまふも、すこしはことわりなれば、いかがすべからむ、と思ひ乱れたまへり。 |
あちらでも、器量の良い若い女房や童女などを雇って、女房たちは満足げに準備しているが、今を最後とこの伏見ならぬ宇治を荒らしてしまうのも、たいそう心細いので、お嘆きになること尽きないが、だからといって、また気負い立って強情を張って、閉じ籠もっていてもどうしようもなく、「浅くない縁が、絶え果ててしまいそうなお住まいなのに、どういうおつもりですか」とばかり、お恨み申し上げなさるのも、少しは道理なので、どうしたらよいだろう、と思案なさっていた。 |
如月の朔日ごろとあれば、ほど近くなるままに、花の木どものけしきばむも残りゆかしく、「峰の霞の立つを見捨てむことも、おのが常世にてだにあらぬ旅寝にて、いかにはしたなく人笑はれなることもこそ」など、よろづにつつましく、心一つに思ひ明かし暮らしたまふ。 |
二月の上旬頃にというので、間近になるにつれて、花の木の蕾みがふくらんでくるのもその後が気になって、「峰に霞が立つのを見捨てて行くことも、自分の常住の住まいでさえない旅寝のようで、どんなに体裁悪く物笑いになっては」などと、万事に気がひけて、一人思案に暮れて過ごしていらっしゃる。 |
御服も、限りあることなれば、脱ぎ捨てたまふに、禊も浅き心地ぞする。親一所は、見たてまつらざりしかば、恋しきことは思ほえず。その御代はりにも、この度の衣を深く染めむと、心には思しのたまへど、さすがに、さるべきゆゑもなきわざなれば、飽かず悲しきこと限りなし。 |
御服喪も、期限があることなので、脱ぎ捨てなさるのに、禊も浅い気がする。母親は、お顔を存じ上げていないので、恋しいとも思われない。そのお代わりにも、今回の喪服の色を濃く染めようと、心にお思いになりおっしゃりもしたが、はやり、そのような理由もないことなので、物足りなく悲しいことは限りがない。 |
中納言殿より、御車、御前の人びと、博士などたてまつれたまへり。 |
中納言殿から、お車や、御前の供人や、博士などを差し向けなさった。 |
「はかなしや霞の衣裁ちしまに 花のひもとく折も来にけり」 |
「早いものですね、霞の衣を作ったばかりなのに もう花が綻ぶ季節となりました」 |
げに、色々いときよらにてたてまつれたまへり。御渡りのほどの被け物どもなど、ことことしからぬものから、品々にこまやかに思しやりつつ、いと多かり。 |
なるほど、色とりどりにたいそう美しくして差し上げなさった。お引越しの時のお心づけなど、仰々しくない物で、それぞれの身分に応じていろいろと考えて、とても多かった。 |
「折につけては、忘れぬさまなる御心寄せのありがたく、はらからなども、えいとかうまではおはせぬわざぞ」 |
「何かにつけて、忘れず気のつくご好意をありがたく、兄弟などでさえ、とてもこうまではいらっしゃらないことだ」 |
など、人びとは聞こえ知らす。あざやかならぬ古人どもの心には、かかる方を心にしめて聞こゆ。若き人は、時々も見たてまつりならひて、今はと異ざまになりたまはむを、さうざうしく、「いかに恋しくおぼえさせたまはむ」と聞こえあへり。 |
などと、女房たちはお教え申し上げる。ぱっとしない老女房連中の考えとしては、このような点を身にしみて申し上げる。若い女房は、時々拝見し馴れているので、今を限りに縁遠くおなりになるのを、物足りなく、「どんなに恋しくお思いなされるでしょう」とお噂し合っていた。 |