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東屋

第一章 浮舟の物語 左近少将との縁談とその破綻   

8. 浮舟の縁談、破綻す   

 

本文

現代語訳

 北の方は、人知れずいそぎ立ちて、人びとの装束せさせ、しつらひなどよしよししうしたまふ。御方をも、頭洗はせ、取りつくろひて見るに、少将などいふほどの人に見せむも、惜しくあたらしきさまを、

 北の方は、誰にも知られず準備して、女房たちの衣装を新調させ、飾りつけなど風流になさる。御方にも、髪を洗わせ、身繕いさせて見ると、少将などという程度の人に結婚させるのも、惜しくもったいないようなのを、

 「あはれや。親に知られたてまつりて生ひ立ちたまはましかば、おはせずなりにたれども、大将殿ののたまふらむさまに、おほけなくとも、などかは思ひ立たざらまし。されど、うちうちにこそかく思へ、他の音聞きは、守の子とも思ひ分かず、また、実を尋ね知らむ人も、なかなか落としめ思ひぬべきこそ悲しけれ」

 「お気の毒に。父親に認知していただいてお育ちになったならば、お亡くなりになったとしても、大将殿がおっしゃるようにも、分不相応だが、どうして思い立たないことがあろうか。けれども、内心ではこう思っても、世間の評判では、常陸介の娘と区別せずに、また、真実を知った人でも、かえって認知してもらえなかったゆえに見下すであろうことが悲しい」

 など、思ひ続く。

 などと、思い続ける。

 「いかがはせむ。盛り過ぎたまはむもあいなし。卑しからず、めやすきほどの人の、かくねむごろにのたまふめるを」

 「どうしたらよかろう。女盛りをお過ぎになるのもつまらない。身分の低くない、無難な人が、このように熱心に求婚なさっているようだから」

 など、心一つに思ひ定むるも、媒のかく言よくいみじきに、女はましてすかされたるにやあらむ。明日明後日と思へば、心あわたたしくいそがしきに、こなたにも心のどかに居られたらず、そそめきありくに、守外より入り来て、ながながと、とどこほるところもなく言ひ続けて、

 などと、自分の考え一つで決めてしまうのも、仲人のこのような言葉巧みに大変なものだから、女はそれ以上にだまされたのだろうか。婚儀が明日明後日と思うと、心が落ち着かず気がせくので、こちらでものんびりとしていられず、そわそわと歩いていると、常陸介が外から入って来て、長々と、つかえるところもなく話し続けて、

 「我を思ひ隔てて、吾子の御懸想人を奪はむとしたまひける、おほけなく心幼きこと。めでたからむ御娘をば、要ぜさせたまふ君達あらじ。卑しく異やうならむなにがしらが女子をぞ、いやしうも尋ねのたまふめれ。かしこく思ひ企てられけれど、もはら本意なしとて、他ざまへ思ひなりたまふべかなれば、同じくはと思ひてなむ、さらば御心、と許し申しつる」

 「わたしを分け隔てして、わたしの実の娘のお婿殿を横取りしようとなさったのが、分不相応なあさはかなことだ。立派そうなあなたの娘を、お求あそばす公達はいらっしゃるまい。身分低くみっともないわたくしめの娘を、かりそめにも求婚なさるようだ。結構に計画立てられたが、全然その気がないと、他家の婿になろうとお考えになってしまうようなので、同じことならと思って、それでは実娘を、とお許し申したのです」

 など、あやしく奥なく、人の思はむところも知らぬ人にて、言ひ散らしゐたり。

 などと、妙に無頓着で、相手の気持ちも考えない人で、言いまくっていた。

 北の方、あきれて物も言はれで、とばかり思ふに、心憂さをかき連ね、涙も落ちぬばかり思ひ続けられて、やをら立ちぬ。

 北の方は、驚きあきれて何も言うことができないで、しばらく思い沈んでいたが、つらさが次から次へと浮かんで来て、涙もこぼれ落ちそうに思い続けて、そっと立った。



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