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東屋

第四章 浮舟と匂宮の物語 浮舟、匂宮に見つかり言い寄られる   

4. 宮中から使者が来て、浮舟、危機を脱出    

 

本文

現代語訳

 「上達部あまた参りたまふ日にて、遊び戯れては、例も、かかる時は遅くも渡りたまへば、皆うちとけてやすみたまふぞかし。さても、いかにすべきことぞ。かの乳母こそ、おぞましかりけれ。つと添ひゐて護りたてまつり、引きもかなぐりたてまつりつべくこそ思ひたりつれ」

 「上達部が大勢参上なさっている日なので、遊びに興じなさっては、いつも、このようなときには遅くお渡りになるので、みな気を許してお休みになっているのです。それにしても、どうしたらよいことでしょう。あの乳母は、気が強かった。ぴったりと付き添ってお守り申して、引っ張って放しかねないほどに思っていました」

 と、少将と二人していとほしがるほどに、内裏より人参りて、大宮この夕暮より御胸悩ませたまふを、ただ今いみじく重く悩ませたまふよし申さす。右近、

 と、少将と二人で気の毒がっている所に、内裏から使者が参って、大宮が今日の夕方からお胸を苦しがりになっていたが、ただ今ひどく重態におなりになった旨を申し上げる。右近は、

 「心なき折の御悩みかな。聞こえさせむ」

 「折悪いご病気だわ。申し上げましょう」

 とて立つ。少将、

 と言って立つ。少将は、

 「いでや、今は、かひなくもあべいことを、をこがましく、あまりな脅かしきこえたまひそ」

 「さあ、でも、今からでは、手遅れであろうから、馬鹿らしくあまり脅かしなさいますな」

 と言へば、

 と言うと、

 「いな、まだしかるべし」

 「いや、まだそこまではいってないでしょう」

 と、忍びてささめき交はすを、上は、「いと聞きにくき人の御本性にこそあめれ。すこし心あらむ人は、わがあたりをさへ疎みぬべかめり」と思す。

 と、ひそひそとささやき合うのを、上は、「とても聞きづらいご性分の人のようだわ。少し考えのある人なら、わたしのことまでを軽蔑するだろう」とお思いになる。

 参りて、御使の申すよりも、今すこしあわたたしげに申しなせば、動きたまふべきさまにもあらぬ御けしきに、

 参上して、ご使者が申したのよりも、もう少し急なように申し上げると、動じそうもないご様子で、

 「誰れか参りたる。例の、おどろおどろしく脅かす」

 「誰が参ったか。いつものように、大げさに脅かしている」

 とのたまはすれば、

 とおっしゃるので、

 「宮の侍に、平重経となむ名のりはべりつる」

 「中宮職の侍者で、平重経と名乗りました」

 と聞こゆ。出でたまはむことのいとわりなく口惜しきに、人目も思されぬに、右近立ち出でて、この御使を西面にてと言へば、申し次ぎつる人も寄り来て、

 と申し上げる。お出かけになることがとても心残りで残念なので、人目も構っていられないので、右近が現れ出て、このご使者を西表で尋ねると、取り次いだ女房も近寄って来て、

 「中務宮、参らせたまひぬ。大夫は、ただ今なむ、参りつる道に、御車引き出づる、見はべりつ」

 「中務宮が、いらっしゃいました。中宮大夫は、ただ今、参ります途中で、お車を引き出しているのを、拝見しました」

 と申せば、「げに、にはかに時々悩みたまふ折々もあるを」と思すに、人の思すらむこともはしたなくなりて、いみじう怨み契りおきて出でたまひぬ。

 と申し上げるので、「なるほど、急に時々お苦しみになる折々もあるが」とお思いになるが、人がどう思うかも体裁悪くなって、たいそう恨んだり約束なさったりしてお出になった。



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