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浮舟

第二章 浮舟と匂宮の物語 匂宮、薫の声をまねて浮舟の寝所に忍び込む   

4. 匂宮、薫の声をまねて浮舟の寝所に忍び込む    

 

本文

現代語訳

 「何ばかりの親族にかはあらむ。いとよくも似かよひたるけはひかな」と思ひ比ぶるに、「心恥づかしげにてあてなるところは、かれはいとこよなし。これはただらうたげにこまかなるところぞいとをかしき」。よろしう、なりあはぬところを見つけたらむにてだに、さばかりゆかしと思ししめたる人を、それと見て、さてやみたまふべき御心ならねば、まして隈もなく見たまふに、「いかでかこれをわがものにはなすべき」と、心も空になりたまひて、なほまもりたまへば、右近、

 「どの程度の親族であろうか。とてもよく似ている様子だな」と思い比べると、「恥ずかしくなるほどの上品なところは、あの君はとてもこの上ない。この人はただかわいらしくきめこまやかな顔だちがとても魅力的だ」。普通程度の、不十分なところを見つけたような場合でさえも、あれほど会いたいとお思い続けてきた人を、その人だと見つけて、そのままお止めになるようなご性分でないので、その上すっかり御覧になったので、「何とかしてこの女を自分のものにしたい」と、心もうわの空におなりになって、依然として見つめていらっしゃると、右近が、

 「いとねぶたし。昨夜もすずろに起き明かしてき。明朝のほどにも、これは縫ひてむ。急がせたまふとも、御車は日たけてぞあらむ」

 「とても眠たい。昨夜も何となしに夜明かししてしまった。明朝早くにも、これは縫ってしまおう。お急ぎあそばしても、お車は日が高くなってから来るでしょう」

 と言ひて、しさしたるものどもとり具して、几帳にうち掛けなどしつつ、うたた寝のさまに寄り臥しぬ。君もすこし奥に入りて臥す。右近は北表に行きて、しばしありてぞ来たる。君のあと近く臥しぬ。

 と言って、作りかけていた縫物を持って、几帳に懸けたりなどして、うたた寝の状態で寄り臥した。女君も少し奥に入って臥す。右近は北面に行って、しばらくして再び来た。女君の後ろ近くに臥した。

 ねぶたしと思ひければ、いととう寝入りぬるけしきを見たまひて、またせむやうもなければ、忍びやかにこの格子をたたきたまふ。右近聞きつけて、

 眠たいと思っていたので、とても早く寝入ってしまった様子を御覧になって、他にどうしようもないので、こっそりとこの格子を叩きなさる。右近が聞きつけて、

 「誰そ」

 「どなたですか」

 と言ふ。声づくりたまへば、あてなるしはぶきと聞き知りて、「殿のおはしたるにや」と思ひて、起きて出でたり。

 と言う。咳払いをなさったので、高貴な方の咳払いと気づいて、「殿がいらっしゃったのか」と思って、起きて出た。

 「まづ、これ開けよ」

 「とりあえず、ここを開けなさい」

 とのたまへば、

 とおっしゃるので、

 「あやしう。おぼえなきほどにもはべるかな。夜はいたう更けはべりぬらむものを」

 「変ですわ。思いがけない時刻でございますこと。夜はたいそう更けましたものを」

 と言ふ。

 と言う。

 「ものへ渡りたまふべかなりと、仲信が言ひつれば、驚かれつるままに出で立ちて。いとこそわりなかりつれ。まづ開けよ」

 「どこそこへ外出なさる予定であると、仲信が言ったので、驚いてすぐ出て来て。まことに困ったことであった。とりあえず開けなさい」

 とのたまふ声、いとようまねび似せたまひて、忍びたれば、思ひも寄らず、かい放つ。

 とおっしゃる声、たいそうよくお似せになって、ひっそりと言うので、別人とは思いも寄らず、格子を開けた。

 「道にて、いとわりなく恐ろしきことのありつれば、あやしき姿になりてなむ。火暗うなせ」

 「途中で、とてもひどい目に遭ったので、みっともない姿になっている。燈火を暗くしなさい」

 とのたまへば、

 とおっしゃるので、

 「あな、いみじ」

 「まあ、大変」

 とあわてまどひて、火は取りやりつ。

 とあわて騒いで、燈火は隠した。

 「我、人に見すなよ。来たりとて、人驚かすな」

 「わたしを、他の人には見せるな。来たからと言って、誰も起こすな」

 と、いとらうらうじき御心にて、もとよりもほのかに似たる御声を、ただかの御けはひにまねびて入りたまふ。「ゆゆしきことのさまとのたまひつる、いかなる御姿ならむ」といとほしくて、我も隠ろへて見たてまつる。

 と、とてもたくみなお方なので、もともとわずかに似ているお声を、まったくあの方のご様子に似せてお入りになる。「ひどい目に遭った姿だとおっしゃったが、どのようなお姿なのだろう」とお気の毒で、自分も隠れて拝見する。

 いと細やかになよなよと装束きて、香の香うばしきことも劣らず。近う寄りて、御衣ども脱ぎ、馴れ顔にうち臥したまへれば、

 とてもほっそりとなよなよと装束をお召しになって、香の芳しいことも劣らない。近くによって、お召物を脱ぎ、馴れた顔でお臥せりになったので、

 「例の御座にこそ」

 「いつものご座所に」

 など言へど、ものものたまはず。御衾参りて、寝つる人びと起こして、すこし退きて皆寝ぬ。御供の人など、例の、ここには知らぬならひにて、

 などと言うが、何もおっしゃらない。寝具を差し上て、寝ていた女房たちを起こして、少し下がって皆眠った。お供の人などは、いつものように、こちらでは構わない慣例になっているので、

 「あはれなる、夜のおはしましざまかな」

 「お志の深い、夜のご訪問ですこと」

 「かかる御ありさまを、御覧じ知らぬよ」

 「このようなご様子を、ご存知ないのよ」

 など、さかしらがる人もあれど、

 などと、利口ぶる女房もいるが、

 「あなかま、たまへ。夜声は、ささめくしもぞ、かしかましき」

 「お静かに。夜の声は、ささやく声が、かえってうるさいのです」

 など言ひつつ寝ぬ。

 などと言いながら眠った。

 女君は、「あらぬ人なりけり」と思ふに、あさましういみじけれど、声をだにせさせたまはず。いとつつましかりし所にてだに、わりなかりし御心なれば、ひたぶるにあさまし。初めよりあらぬ人と知りたらば、いかがいふかひもあるべきを、夢の心地するに、やうやう、その折のつらかりし、年月ごろ思ひわたるさまのたまふに、この宮と知りぬ。

 女君は、「違う人だわ」と思うと、びっくりし大変だと思うが、声も出させないようになさる。とても憚られる所でさえ、理不尽であったお心なので、何ともいいようがない仕儀だ。初めから別人だと知っていたら、何とかあしらうすべもあったろうが、夢のような気がするので、だんだんと、あの時のつらかった、いく年月もの間を思い続けていた有様をおっしゃるので、その宮だと分かった。

 いよいよ恥づかしく、かの上の御ことなど思ふに、またたけきことなければ、限りなう泣く。宮も、なかなかにて、たはやすく逢ひ見ざらむことなどを思すに、泣きたまふ。

 ますます恥ずかしくなって、あの上の御ことなどを思うと、またどうすることもできないので、限りなく泣く。宮も、なまじ逢ったのがかえってつらく、たやすく逢えそうにないことをお思いになって、お泣きになる。



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