第六章 浮舟と薫の物語 浮舟、右近の姉の悲話から死を願う
3. 薫、随身から匂宮と浮舟の関係を知らされる
本文 |
現代語訳 |
夜更けて、皆出でたまひぬ。大臣は、宮を先に立てたてまつりたまひて、あまたの御子どもの上達部、君たちをひき続けて、あなたに渡りたまひぬ。この殿は遅れて出でたまふ。 |
夜が更けて、みな退出なさった。大臣は、宮を先にお立て申し上げになって、大勢のご子息の上達部や、若君たちを引き連れて、あちらにお渡りになった。この殿は遅れておい出になる。 |
随身けしきばみつる、あやしと思しければ、御前など下りて火灯すほどに、随身召し寄す。 |
随身がいわくありげな顔をしていたのを、何かあるとお思いになったので、御前駆たちが引き下がって松明を燈すころに、随身を呼び寄せる。 |
「申しつるは、何ごとぞ」 |
「先程申したことは、何事か」 |
と問ひたまふ。 |
とお尋ねになる。 |
「今朝、かの宇治に、出雲権守時方朝臣のもとにはべる男の、紫の薄様にて、桜につけたる文を、西の妻戸に寄りて、女房に取らせはべりつる。見たまへつけて、しかしか問ひはべりつれば、言違へつつ、虚言のやうに申しはべりつるを、いかに申すぞ、とて、童べして見せはべりつれば、兵部卿宮に参りはべりて、式部少輔道定朝臣になむ、その返り事は取らせはべりける」 |
「今朝、あの宇治に、出雲権守時方朝臣のもとに仕えている男が、紫の薄様で、桜に付けた手紙を、西の妻戸に近寄って、女房に渡しました。それを拝見しまして、これこれしかじかと尋ねましたら、返事がころころと変わり、嘘のような返事を申しましたので、どうしてそう申すのかと、子どもを使って後をつけさせましたところ、兵部卿宮邸に参りまして、式部少輔道定朝臣に、その返事を渡しました」 |
と申す。君、あやしと思して、 |
と申す。君は、変だとお思いになって、 |
「その返り事は、いかやうにしてか、出だしつる」 |
「その返事は、どのようにして、返したか」 |
「それは見たまへず。異方より出だしはべりにける。下人の申しはべりつるは、赤き色紙の、いときよらなる、となむ申しはべりつる」 |
「それは拝見できませんでした。別の方から出しました。下人の申したことでは、赤い色紙で、とても美しいもの、と申しました」 |
と聞こゆ。思し合はするに、違ふことなし。さまで見せつらむを、かどかどしと思せど、人びと近ければ、詳しくものたまはず。 |
と申し上げる。お考え合わせになると、ぴったりである。そこまで見届けさせたのを、気が利いているとお思いになるが、人びとが近くにいるので、詳しくはおっしゃらない。 |