第一章 玉鬘の物語 養父と養女の禁忌の恋物語
2. 初秋の夜、源氏、玉鬘と語らう
本文 |
現代語訳 |
秋になりぬ。初風涼しく吹き出でて、背子が衣もうらさびしき心地したまふに、忍びかねつつ、いとしばしば渡りたまひて、おはしまし暮らし、御琴なども習はしきこえたまふ。 |
秋になった。初風が涼しく吹き出して、ものさびしい気持ちがなさるので、堪えかねては、たいそうしきりにお渡りになって、一日中おいでになって、お琴などをお教え申し上げなさる。 |
五、六日の夕月夜は疾く入りて、すこし雲隠るるけしき、荻の音もやうやうあはれなるほどになりにけり。御琴を枕にて、もろともに添ひ臥したまへり。かかる類ひあらむやと、うち嘆きがちにて夜更かしたまふも、人の咎めたてまつらむことを思せば、渡りたまひなむとて、御前の篝火のすこし消えがたなるを、御供なる右近の大夫を召して、灯しつけさせたまふ。 |
五、六日の夕月夜はすぐに沈んで、少し雲に隠れた様子、荻の葉音もだんだんしみじみと感じられるころになった。お琴を枕にして、一緒に横になっていらっしゃる。このような例があろうかと、溜息をもらしながら夜更かしなさるのも、女房が変だと思い申すだろうことをお思いになって、お渡りになろうとして、御前の篝火が少し消えかかっているのを、お供の右近の大夫を召して、点灯させなさる。 |
いと涼しげなる遣水のほとりに、けしきことに広ごり臥したる檀の木の下に、打松おどろおどろしからぬほどに置きて、さし退きて灯したれば、御前の方は、いと涼しくをかしきほどなる光に、女の御さま見るにかひあり。御髪の手あたりなど、いと冷やかにあてはかなる心地して、うちとけぬさまにものをつつましと思したるけしき、いとらうたげなり。帰り憂く思しやすらふ。 |
たいそう涼しそうな遣水のほとりに、格別風情ありげに枝を広げている檀の木の下に、松の割木を目立たない程度に積んで、少し下がって篝火を焚いているので、御前の方は、たいそう涼しくちょうどよい程度の明るさで、女のお姿は見れば見るほど美しい。お髪の手あたり具合など、とてもひんやりと気品のある感じがして、身を固くして恥ずかしがっていらっしゃる様子、たいそうかわいらしい。帰りづらくぐずぐずしていらっしゃる。 |
「絶えず人さぶらひて、灯しつけよ。夏の月なきほどは、庭の光なき、いとものむつかしく、おぼつかなしや」 |
「しじゅう誰かいて、篝火を焚いていよ。夏の月のないころは、庭に光がないと、何か気味が悪く、心もとないから」 |
とのたまふ。 |
とおっしゃる。 |
「篝火にたちそふ恋の煙こそ 世には絶えせぬ炎なりけれ |
「篝火とともに立ち上る恋の煙は 永遠に消えることのないわたしの思いなのです |
いつまでとかや。ふすぶるならでも、苦しき下燃えなりけり」 |
いつまで待てとおっしゃるのですか。くすぶる火ではないが、苦しい思いでいるのです」 |
と聞こえたまふ。女君、「あやしのありさまや」と思すに、 |
と申し上げなさる。女君は、「奇妙な仲だわ」とお思いになると、 |
「行方なき空に消ちてよ篝火の たよりにたぐふ煙とならば |
「果てしない空に消して下さいませ 篝火とともに立ち上る煙とおっしゃるならば |
人のあやしと思ひはべらむこと」 |
人が変だと思うことでございますわ」 |
とわびたまへば、「くはや」とて、出でたまふに、東の対の方に、おもしろき笛の音、箏に吹きあはせたり。 |
とお困りになるので、「さあて」と言って、お出になると、東の対の方に美しい笛の音が、箏と合奏していた。 |
「中将の、例のあたり離れぬどち遊ぶにぞあなる。頭中将にこそあなれ。いとわざとも吹きなる音かな」 |
「中将が、いつものように一緒にいる仲間たちと合奏しているようだ。頭中将であろう。たいそう見事に吹く笛の音色だなあ」 |
とて、立ちとまりたまふ。 |
と言って、お立ち止まりなさる。 |