7. 思はん子を 
  本文  現代語訳
思はん子を法師になしたらんこそ心ぐるしけれ。ただ木のはしなどのやうに思ひたるこそ、いといとほしけれ。精進物のいとあしきをうちくひ、寝ぬるをも、わかきは物もゆかしからん、女などのある所をも、などか、忌みたるやうにさしのぞかずもあらん、それをもやすからずいふ。まいて、験者などはいとくるしげなめり。困じてうちねぶれば、「ねぶりをのみして」などもどかる、いと所せく、いかにおぼゆらん。  愛する子を法師にしている人は、まことに痛々しいものだ。ただ木の端などのようにつまらないもののように世間が思っているのは、たいそう気の毒だ。精進物のたいそう粗末な料理を食い、寝るのでも、若い人は好奇心も起すだろう、女などがいる所でも、なんで毛嫌いするようにのぞき見しないでいられよう、そんな当り前のことにも、人はやかましく非難する。まして修験者などはたいそうつらそうだ。疲れて居眠りでもすると、「眠ってばかりいて」と非難される。たいそう窮屈で、どう感じているのであろうか
  これはむかしのことなめりいまはいとやすげなり。   これは、昔のことであるようだ。いまは大変気楽そうである。
   
   
   
   
   
   
   
   

 人生の問題に関して論じた随筆の一。前段との間になんら主題の関連はない。

1 思はん子を…愛児を法師にしている人は、まことにいたいたしいものだ。

2 木のはし…木石(没情漢(わからずや))などのように世間が思っているのは。「木の端」を切株や木頭のようにつまらぬものの意とする通説には従えない。注:通説にしたがって訳します。

3 精進物…肉食でない、蔬菜(青物)・海藻の類の食事。

4 寝ぬるをも…寝るのでも-若い人は好奇心も起すだろう、女などがいる所でも、なんで毛嫌いしたようにのぞき見しないでいられよう-そんな当り前のことにも、人はやかましく非難する。

5 験者…修験者。山伏。役小角に始まりその伝流は加持祈祷のことにも参与した。ゲンザともいう。

6 困じてうちねぶれば…疲れて居眠りでもすると。

7 所せく…所狭くの意で、窮屈なこと。

8 これはむかしのことなめり。…この一文、執筆時期推定上重要な一資料となる。