24. おひさきなく | |
本文 | 現代語訳 |
おひさきなく、まめやかに、えせざいはひなど見てゐたらん人は、いぶせくあなづらはしく思ひやられて、なほさりぬべからん人のむすめなどは、さしまじらはせ、世のありさまも見せならはさまほしう、内侍のすけなどにてしばしもあらせばや、とこそおぼゆれ。 | 将来の希望もなく、ただきまじめに、つまらぬ幸福の幻影などを追いかけているような女性は、どうも気づまりで、軽蔑したい感じがして、やはり相当な家の娘などは宮仕えをさせ、世間の様子も十分見せてやりたくて、典侍(内侍司の次官で従四位相当)などにお仕えして、少しの間でもいらせられたら、と思われる。 |
宮仕する人を、あはあはしうわるきことにいひおもひたる男などこそ、いとにくけれ。げにそもまたさることぞかし。かけまくもかしこき御前をはじめ奉りて、上達部・殿上人、五位・四位はさらにもいはず、見ぬ人はすくなくこそあらめ。女房の従者、その里より来る者、長女・御厠人の従者、たびしかはらといふまで、いつかはそれをはぢかくれたりし。殿ばらなどはいとさしもやあらざらん、それもあるかぎりは、しかさぞあらん。 | 宮仕えする女性のことを軽薄でいけないことのように言ったり思ったりする男性ほど、しゃくに障るものはない。だが、なるほどそれもまたもっともなことではある。申すもおそれ多い方々をはじめ、上達部・殿上人、五位・四位は言うまでもなく、女性が顔を合せない人はほんの少数であろう。女性のお供、その私邸から来た者、長女・御厠人のお供、卑しい身分の者まで、いつ女性が下賤の者に会うのは恥だといって隠れたことがあろうか。殿方などは本当に下賤の者達に顔を合せないというのか、いや宮中にある以上きっと会うに違いない。 |
うへなどいひてかしづきすゑたらんに、心にくからずおぼえん、ことわりなれど、また内裏の内侍のすけなどいひて、をりをり内裏へまゐり、祭の使などにいでたるも、おもだたしからずやはある。さてこもりゐぬるは、まいてめでたし。受領の五節いだすをりなど、いとひなびいひ知らぬことなど、人に問ひききなどはせじかし。心にくきものなり。 | 奥様などと大切にされるような場合に、女性は、奥ゆかしくない気がする、それももっともではあるが、皇居の典侍などと言って、たびたび皇居へ参上し、賀茂の祭りの使いなどになって行列に加わるのも、女性として名誉でないことがあろうか。そんなでいて家庭に籠っているのは、まして素晴らしい。受領の五節の舞を舞う折など、宮仕えの経験がある妻なら、ひどく田舎びて不見識な事など人に尋ねなどは決してすまい。奥ゆかしいものだ。 |
女性の教養や結婚について述べる。人生に関する評論の一で随筆の重要な一面である。 | |
1 おひさきなく、まめやかに、えせざいはひなど見てゐたらん人…将来の希望もなく、ただきまじめに、つまらぬ幸福の幻影など追っているような女性は。「えせざいはひ」は似而非なる幸福。夫の出世などをさすと見てよい。 2 いぶせくあなづらはしく思ひやられて…どうも気づまりで、軽蔑したい感じがして。 3 なほさりぬべからん人のむすめなどは、さしまじらはせ、世のありさまも見せならはさまほしう…やはり相当な家の娘などは宮仕えをさせ、世間の様子も十分見せてやりたい。 4 内侍のすけ…典侍。内侍司の次官で従四位相当。 5 あはあはしうわるきことにいひおもひたる男などこそ…軽薄でいけないことに言ったり思ったりする男性などは。 6 げにそもまたさることぞかし…だが一方から考えると、なるほどそれもまたもっともなことではある。 7 かけまくもかしこき御前…申すもおそれ多い方々。主上・中宮などをさす 8 見ぬ人はすくなくこそあらめ…宮仕えする女性が顔を合せない人はほんの少数であろう。 9 その里…宮中に奉仕する者の私宅をいう。 10 長女…下仕の老女の称で局の世話などする者。 11 御厠人…便器の掃除などに奉仕する下賤な女官の称。 12 たびしかはら…「たびし」は礫、「かはら」は瓦で、賤しい者をたとえていう語らしい。日本霊異記や類聚名義抄に「礫」をタヒイシとよんでいる。 13 いつかはそれをはぢかくれたりし…いつ宮仕えの女性がそんな下賤の者達にあうのは恥だといって隠れたことがあろうか。 14 殿ばらなどはいとさしもやあらざらん…殿がたなどはほんとうにそう下賤の者達に顔を合せないというのだろうか。 15 それもあるかぎりは、しかさぞあらん…宮中にある以上はきっとあうにちがいない。「しか」「さ」は同意。能因本「しか」がない。 16 うへなどいひてかしづきすゑたらんに、心にくからずおぼえん、ことわりなれど…奥様などといって大切にかしずくような場合に、宮仕えをした女性は多くの人に顔を見知られているから、奥ゆかしくない気がする、それももっともではあるが。 17 祭の使などにいでたるも…祭は賀茂祭。典侍は賀茂祭に后の使などになって車に乗り行列に加わることがあった。 18 おもだたしからずやはある…女性として名誉でないことがあろうか。 19 さてこもりゐぬるは…そんなでいて家庭に籠っているのは。 20 受領…国司の赴任して吏務をつかさどる長官の称。普通は守・権守をいうが、時に介をもいう。 21 五節…五節の舞姫の略。大嘗会・新嘗会に行われる童女の舞。舞姫は、平時は公卿から二人、殿上人・受領から二人、御代始めには公卿から二人、殿上人・受領から三人出す。 22 いとひなびいひ知らぬことなど、人に問ひききなどはせじかし…宮仕えの経験がある妻なら、ひどく田舎びて不見識な事など人に尋ねなどは決してすまい。 |
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