29. こころときめきするもの | |
本文 | 現代語訳 |
こころときめきするもの 雀の子飼。ちごあそばする所のまへわたる。よきたき物たきてひとりふしたる。唐鏡のすこしくらき見たる。よき男の車とどめて案内し間はせたる。 | 胸がときめくもの 雀のひなを飼育すること。幼児を遊ばしている所を通り過ぎる時。上等の煉香を焚いて、一人で横になる時。上等で高価な舶来の鏡がすこしかげりをもっているのを見た感じ。身分の高い男が、車をとめて従者に取次を乞わせ何か尋ねさせている時。 |
かしらあらひ化粧じて、かうばしうしみたるきぬなどきたる。ことに見る人なき所にても、心のうちはなほいとをかし。待つ人などのある夜、雨のおと、風の吹きゆるがすら、ふとおどろかる。 | 頭を洗い化粧して、香ばしく香のしみたる衣などを着ている時。格別見る人がいないところでも、心の中はそれでもたいそうおくゆかしい。待ち遠しい人を待つことなどのある夜、雨の音や、風の吹き揺るがす音にすら、ふと気が付く。 |
1こころときめき…胸がときめくことで、何かを予想し期待するとき心が自然に動く状態についていう。未知または未然の事態への予想なので心の動揺はさけ得ないが、悪いことについては用いられない。その点「胸つぶる」の語と対照的である。 2雀の子飼…雀のひなを飼育すること。その無邪気な様子に心がひかれるのである。 3ちごあそばする所のまへわたる…幼児を遊ばしている所を通り過ぎる時に心ときめきするのは、その天真爛漫さに心が奪われるからである。 4よきたき物…上等の煉香(ねりこう)。この場合は室内一面に匂わす空だきものであろう。 5唐鏡のすこしくらき見たる…上等で高価な舶来の鏡がすこしかげりをもっているのを見た感じ。 6車とどめて案内し間はせたる。…従者に取次を乞わせ何か尋ねさせている。 7かうばしうしみたるきぬ…「香ばしく香のしみたる衣」の意。 8ことに…格別。上の文をうけた叙述。このあたり特に女性らしい繊細な描写として注意される。 |
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