34. 菩提といふ寺に
本文 |
現代語訳 |
語彙 |
菩提といふ寺に、結縁の八講せしにまうでたるに、人のもとより「とく帰り給ひね。いとさうざうし」といひたれば、蓮の葉のうらに、 |
「菩提」という寺に、縁結びの法華八講をしに詣でた折に、愛人のもとから「早く帰りなさい。たいそう物足りない」と、言ったので、池の蓮の葉の裏に、 |
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もとめてもかかるはちすの露をおきて うき世にまたはかへるものかは |
わざわざ求めてでもぬれたいこういう蓮の露(法華八講)を中途にして、どうして憂き世に再び帰るものですか。 |
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と書きてやりつ。 |
と、書いて送った。 |
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まことにいとたふとくあはれなれば、やがてとまりぬべくおぼゆるに、さうちうが家の人のもどかしさも忘れぬべし。 |
まことに、たいそう尊く、しみじみとするので、そのまま寺に留ってしまいたい気がするうちに、常住の家の人のもどかしさも忘れてしまうことだ。 |
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枕草子中には数段詠歌に関する回想がある。これもその一。
1 菩提といふ寺…未詳。評釈に、百練抄・日本紀略を引き、京の東山の一峰阿弥陀ガ峰の南方に菩提寺という寺があったかと推定している。
2 結縁の八講…仏道に縁を結び、または結ばせるための法華八講。能因本には「けちゑん講」とある。
3 人…この「人」は春曙抄・集註がいうように夫か、または愛人を意味すると見られる。清少納言集にもその例が多い。
4 さうざうし…「さくざく(寂々)し」のウ音便。「物足りない」。
5 蓮の葉…池の蓮の葉であろう。但し能因本「はすの花びら」によれば散華に用いる造花と解される。
6 もとめても…わざわざ求めてでもぬれたいこういう蓮の露(法華八講)を中途にして、どうして憂き世に再び帰るものですか。この歌は、清少納言集に見え、千載集、十九、釈教歌にとられている。
8 さうちう…未詳。人名とも、俗家に対する「常住の家」の意とも、「上品中生」の略の「上中」の意ともいう。