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39. 節は五月にしく月はなし 

本文

現代語訳

語彙

 五月にしく月はなし。菖蒲・蓬などのかをりあひたる、いみじうをかし。九重の御殿の上をはじめて、いひしらぬ民のすみかまで、いかでわがもとにしげく葺かんと葺きわたしたる、なほいとめづらし。いつかは、ことをりにさはしたりし。

 節句は、五月に勝る月はない。菖蒲・蓬などの香りが、混ざり匂い合うことは、大変趣深い。宮中の御殿の上をはじめにして、名も知れぬ民のすみかまで、どうにかして自分のところにいそいそと葺こうと葺き渡しているのは、またたいそうすばらしい。いったい、いつ他の折に、そんなことをしただろうか。

せち【節】…【名詞】@季節の変わり目。季節。時節。「せつ」とも。A「節句(せちく)」「節日(せちにち)」「節会(せちゑ)」の略。B「節振舞(せちぶるま)ひ」の略。「節日」に供するごちそう。特に、正月の節日のごちそうをいうことが多い。

めづらし【珍し】…【形シク】@愛すべきだ。賞美すべきだ。すばらしい。A見慣れない。今までに例がない。B新鮮だ。清新だ。目新しい。

 空のけしき、くもりわたりたるに、中宮などには、縫殿より御薬玉とて、色々の絲を組み下げて參らせたれば、御帳たてたる母屋のはしらに、左右につけたり。九月九日の菊を、あやしき生絹のきぬにつつみてまゐらせたるを、おなじはしらにゆひつけて月頃ある薬玉にときかへてぞ棄つめる。また、薬玉は、菊のをりまであるべきにやあらん。されど、それはみな絲をひきとりて、ものゆひなどして、しばしもなし。

空の様子が、曇りがちであるのに、中宮御所などには、縫殿より御薬玉といって、色とりどりの糸を組み下げて参らせると、几帳台を立ててある母屋の柱に、左右につけてしまった。九月九日の菊を、物珍しい生絹の布地に包んで、持ってこさせると、同じ柱に結び付けて、数か月結び付けてあった薬玉に解き替えてから捨てる。また、薬玉は、菊の節句の折まであるべきであろう。しかし、それはみな糸を引き取って、物を結ぶなどして、そう長い事あるものでもない。

 

 

 

 

 

 

あやし【怪し】【奇し】…【形シク】@不思議だ。神秘的だ。Aおかしい。変だ。Bみなれない。もの珍しい。C異常だ。程度が甚だしい。Dきわめてけしからぬ。不都合だ。E不安だ。気がかりだ。

  

 御節供まゐり、わかき人々菖蒲のさしぐしさし物忌つけなどして、さまざまの唐衣・汗衫(かざみ)などに、をかしき折枝ども、ながき根にむら濃の組してむすびつけたるなど、めづらしういふべきことならねど、いとをかし。さて、春ごとに咲くとて、桜をよろしう思ふ人やはある。

御節供が届いて、わかき人々が菖蒲で飾った刺櫛をさし、物忌の簡をつけたりして、様々なよそ行きの衣装に、恰好のよい草木の折枝を、長い菖蒲の根にむら濃の組糸で結び、(唐衣・汗杉などに)つけているなど、珍しく言うべきことではないけれども、大変趣深い。例えば、春ごとに咲くからといって、桜を美しいと思う人もあるではないか。

 

 つちありくわらはべなどの、ほどほどにつけて、いみじきわざしたりと思ひて、つねに袂まぼり、人のにくらべなど、えもいはずと思ひたるなどを、そばへたる小舎人童などに、ひきはられて泣くもをかし。

 道路を歩きまわる童達などが、頃合いを見て、たいしたことをしたと思って、始終自分の袂を見守り、人のものと比べたりしながら、実に何ともいえないと思っている附け物などを馴れてふざけた小舎人童などにひっぱられて泣くのも面白い。

 

   

 むらさきの紙に楝の花。あをき紙に菖蒲の葉、ほそくまきてゆひ、また、しろき紙を、根してひきゆひたるもをかし。いとながき根を、文のなかに入れなどしたるを見る心地ども、えんなり。返りごと書かんといひあはせ、かたらふどちは見せかはしなどするも、いとをかし。人の女、やむごとなき所々に、御文など聞え給ふ人も、けふは心ことにぞなまめかしき。夕暮の程に、ほととぎすの名のりてわたるも、すべていみじき。

 むらさきの紙にせんだんの花、青い紙に菖蒲の葉、細く巻いて結い、また、白い紙を、菖蒲の白い根でむすんだのも面白い。たいそう長い(菖蒲の)根を、手紙の中に入れなどしているのを見る心地など、洒落ている。返事を書こうと言い合わせ、語らう同士は互いに見せ合うことなどするのもたいそう趣深い。人の娘、特別に大切な所々に、お手紙など差し上げる人も、今日は、際立って優美である。夕暮れ時に、ほととぎすが鳴きながらわたっていくのも格別優雅な感じがすることだ。

あふち【楝】【樗】…【名詞】@せんだん。木の名。初夏淡紫色の花をつける。[季語] 夏。A襲(かさね)の色目の一つ。表は薄色で、裏は青。一説に、表は紫、裏は薄色。夏に用いた。

 

えんなり【艶なり】…【形動ナリ】@しっとりと美しい。優美で風情がある。Aしゃれている。粋(いき)だ。B人の気をそそる。なまめかしい。

 

 

 

 

やむごとなし…【形ク】@よんどころない。打ち捨てておけない。A格別に大切だ。特別だ。この上ない。並たいていでない。B高貴だ。尊ぶべきだ。重々しい。



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1 …節日。節供。五節供がある。

2 五月…五月の節の意。前田本「五月五日」。

3 菖蒲・蓬…いずれも邪気をはらうものとされ、五月五日屋根に葺き、物にとりつけられた。

4 ことをり…「ことをり」は異折。

5 中宮…中宮御所。他系統諸本「きさいの宮」。

6 縫殿…縫殿寮。中務省に属し、衣服の裁縫を掌る。

7 御薬玉…麝香・沈香等種々の薬を玉にして錦の袋に入れ、糸や造花で飾り、菖蒲・蓬を結び、長さ八尺に余る五色の糸を下げ、簾や柱、または身につけて不浄・邪気をはらうまじないとした。

8 御帳…御帳台。母屋に据える。普通は板敷の上、中宮などの場合は浜床と称する台上に設ける。四隅に柱を立て、上に塗骨の明障子をのせ、四隅と四方に帳を下ろす。中に畳二帖を置き、しとねを敷く。主人の居問または寝所とする。

9 母屋…身屋の義。寝殿造において、一殿舎のもっとも内部に位置する部分の称。

10 ときかへて…解きかえて、はじめて薬玉を棄てるらしい。三巻本以外の諸本「とりかへて…」。

11 御節供…節日に調進する供御をいう。

12 菖蒲のさしぐしさし…この部分本文的に不審。このままならば、菖蒲で飾った刺櫛をさし、の意か。

13 物忌つけ…物忌の簡。柳の枝を削って用いる。

14 汗衫…もとは汗取の下着を称したが、平安朝時代は童女の表着で、裾が長い。カンサンの転音。

17 つちありくわらはべ…地、すなわち道路を歩きまわる童達。

20 小舎人童…馴れてふざけた小舎人童などにひっぱられて。小舎人童は近衛の中・少将の召し具す童。

22 いとながき根…長い菖蒲の根を手紙の中に入れておくるのである。

23 なまめかし…内に趣をこめた美についていう語。