62. 河は
  本文  現代語訳
  河は 飛鳥川もさだめなく、いかならんとあはれなり。大井河おとなし川七瀬川   河と言えば、飛鳥川。どこも浅くなったり深く成ったり、どうしたものかと趣深い。大井河。おとなし川。七瀬川。
  耳敏川、またもなにごとをさくじ聞きけんとをかし。玉星川細谷川いつぬき川澤田川などは、催馬楽などの思はするなるべし。名取川、いかなる名を取りたるならんと聞かまほし。吉野河  耳敏川は、また何事をこざかしく聞いたのだろうと、趣深い。玉星川。細谷川。いつぬき川・澤田川などは、催馬楽などを思わせることだ。名取川とは、いかなる評判を取ったのかと訊いてみたいものだ。吉野河。
  天の川原、「たなばたつめに宿からん」と、業平がよみたるもをかし。  天の川原は、「七夕の乙女に宿を借りよう」と在原業平が詠むのも趣がある。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
 

1 飛鳥川…大和国高市郡。

2 淵瀬もさだめなく…古今集、十八雑下、読人しらず「世の中は何か常なる飛鳥川きのふの淵ぞ今日は瀬になる」。

3 大井河…山城国嵐山の麓。平安時代舟遊で名高い。

4 おとなし川…紀伊国牟婁郡。前段おとなしの滝の流。

5 七瀬川…所在未詳。瀬が多い意の普通名詞か。

6 耳敏川…拾芥抄に「朱雀門ノ前三条ノ南」とある。

7 さくじり…能因本「さかしがり」。

8 玉星川…陸奥国にある歌枕。

9 細谷川…本来は「細き谷川」の意の普通名詞だが、固有名詞化することは容易に想像できよう。

10 いつぬき川…梁塵愚案抄に美濃国とある。略称貫川。催馬楽「貫川の瀬々のやはら手枕、やはらかにぬる夜はなくて、親さくる妻」。

11 澤田川…山城国相楽郡。催馬楽「沢田川袖つくばかり浅けれど、恭仁(にく)の宮人や高橋渡す」。

14 名取川…陸前国名取郡。「名」は評判の意。

15 吉野河…大和国吉野郡。

16 天の川原…河内国北河内郡。淀川の一支流。

17 たなばたつめ…古今集、九羇旅「狩り暮したなばたつめに宿からむ天の川原に我は来にけり」。