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88. めでたきもの |
本文 |
現代語訳 |
めでたきもの 唐錦。飾り太刀。つくり佛のもくゑ。色あひふかく、花房ながく咲きたる藤の花の、松にかかりたる。 |
すばらしいもの。 中国より舶来した錦。蒔絵や金銀で装飾を施した太刀。 仏像に施してある彩色の木画。色合い深く、花房が長く咲いている藤の花が、松にかかっているのも素晴らしい。 |
六位の蔵人。いみじき君達なれど、えしも着給はぬ綾織物を、心にまかせて着たる、青色姿などめでたきなり。所の雑色、ただの人の子どもなどにて、殿ばらの侍に、四位五位の司あるが下にうちゐて、なにとも見えぬに、蔵人になりぬれば、えもいはずぞあさましきや。宣旨など持てまゐり、大饗のをりの甘菜の使などに参りたる、もてなし、やむごとながり給へるさまは、いづこなりし天降り人ならんとこそ見ゆれ。 |
六位の蔵人。 立派な家柄の君達でも御着用になれぬ綾織物を、心に任せて着ている、麹塵(きくじん)の袍をつけた姿などは素晴らしいものだ。蔵人どころの雑用は、殿上人でない人の子供などにて、貴人方の侍として、四位や五位の官職をもつ人の下にいて、何ということもないのに、蔵人になったならば、いうにいわれずたいしたものだ。宣旨(主上の御意を記した文書)を持ってまいり、大饗の時には、甘栗に使いなどに参る、 大臣家でこれをもてなし、大事になさる様は、いったいどこから天降った人かと思われる。 |
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御むすめ后にておはします、また、まだしくて姫君などきこゆるに、御文の使とてまゐりたれば、御文とり入るるよりはじめ、褥さし出づる袖口など、あけくれ見しものともおぼえず。下襲の裾ひきちらして、衛府なるはいますこしをかしく見ゆ。御手づからさかづきなどさし給へば、わが心持にもいかに覺えん。いみじうかしこまり、つちにゐし家の子・君たちをも、心ばかりこそ用意し、かしこまりたれ、おなじやうにつれだちてありくよ。上の近う使はせ給ふを見るには、ねたくさへこそ覺ゆれ。御文書かせ給へば御硯の墨すり、御うちはなどまゐり、馴れ仕うまつる三年四年ばかりを、なりあしく、物の色よろしくてまじらはんは、いふかひなきことなり。かうぶりの期になりて、下るべき程の近うならんにだに、命よりも惜しかるべきことを、臨時の、所々の御給はり申しておるるこそ、いふかひなくおぼゆれ。むかしの蔵人は、今年の春夏よりこそ泣きたちけれ、いまの世には、走りくらべをなんする。 |
御娘が后にあがっておられ、またはまだ入内前で姫君など申しあげる時に、主上のお手紙の使としてその邸に参上すると、お手紙を取り入れるより初めて、女房の袖口のりっぱさなど、始終見ていた人とも思われず別人のような侍遇ぶりだ。下襲の裾を長く引きずって、衛府を兼ねた蔵人は、今少し素敵に見える。邸の主人(姫君の父)がみずからさかづきなどいただけば、蔵人自身もどんな気がすることか。大層謹んで一歩下にいた大臣家の子弟方に対しても、気持だけは遠慮し畏まっているが、同じように連れ立って歩くよ。主上が側近にお使いになるのを見るときは、しゃくにさわる程に思われることだ。お手紙をお書きになるには、硯で墨をすり、うちわで扇ぎ、側近に奉仕する3~4年の間、身なり悪く並々の服色で仕えているのはかいもないものだ。任官の折になって、殿上から下るべき時が近くなると、命より惜しがるべきことを、臨時に行う諸国の受領の任命。それを申請して殿上を下りるとは、かいもない気がする。昔の蔵人は、今年の春夏より泣きたっていた、今の世では走り比べ(出世比べ)をする。 |
博士の才あるは、いとめでたしといふもおろかなり。顔にくげに、いと下臈なれど、やんごとなき御前に近づきまゐり、さべきことなど問はせ給ひて、御書の師にてさぶらふは、うらやましくめでたくこそおぼゆれ。願文、表、ものの序など作りいだしてほめらるるも、いとめでたし。 |
学識者であるということは、素晴らしいというかどうかと言うのは、愚かなことである。しかめっ面をして、地位は低いが、畏れ多い御前に近づいて、 然るべきことなど御下問になって、天皇の御学問の師としてお仕えするのは、うらやましく素晴らしく思える。祈誓追善のため神仏に奉る文書、天皇への上表文や詩文の序などを起草してほめられるのも、大層素晴らしいことだ。 |
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法師の才ある、すべていふべくもあらず。 |
法師の才があるのは、すべて言うまでもなく素晴らしい。 |
后の晝の行啓。一の人の御ありき。春日詣。葡萄染の織物。ひろき庭に雪のあつく降り敷きたる。花も絲も紙もすべて、なにもなにも、むらさきなるものはめでたくこそあれ。むらさきの花の中には、かきつばたぞすこしにくき。六位の宿直姿のをかしきも、むらさきのゆゑなり。 |
皇后の昼のお散歩。第一のお方のお散歩。春日詣。葡萄染の織物。広い庭に雪が厚く降り積もっていること。花も糸も紙もすべて、何もかも、紫である者は、素晴らしくある。紫の花の中でも、かきつばたは少し憎らしい。六位の宿直姿の趣も紫であるがゆえであろう。 |
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