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夕 顔

第七章 空蝉の物語(3)

1. 空蝉、伊予国に下る

 

本文

現代語訳

 伊予介、神無月の朔日ごろに下る。女房の下らむにとて、たむけ心ことにせさせたまふ。また、内々にもわざとしたまひて、こまやかにをかしきさまなる櫛、扇多くして、幣などわざとがましくて、かの小袿も遣はす。

 伊予介は、神無月の朔日ころに下る。女方が下って行くのでということで、餞別を格別に気を配っておさせになる。別に、内々にも特別になさって、きめ細かな美しい格好の櫛や、扇を、たくさん用意して、幣帛などを特別に大げさにして、あの小袿もお返しになる。

 「逢ふまでの形見ばかりと見しほどに

  ひたすら袖の朽ちにけるかな」

 「再び逢う時までの形見の品ぐらいに思って持っていましたが

  すっかり涙で朽ちるまでになってしまいました」

 こまかなることどもあれど、うるさければ書かず。

 こまごまとした事柄があるが、煩雑になるので書かない。

 御使、帰りにけれど、小君して、小袿の御返りばかりは聞こえさせたり。

 お使いの者は、帰ったけれど、小君を使いにして、小袿のお礼だけは申し上げさせた。

 「蝉の羽もたちかへてける夏衣

   かへすを見てもねは泣かれけり」

「蝉の羽の衣替えの終わった後の夏衣は

  返してもらっても自然と泣かれるばかりです」

 「思へど、あやしう人に似ぬ心強さにても、ふり離れぬるかな」と思ひ続けたまふ。今日ぞ冬立つ日なりけるも、しるく、うちしぐれて、空の気色いとあはれなり。眺め暮らしたまひて、

 「考えても、不思議に人並みはずれた意志の強さで、振り切って行ってしまったなあ」と思い続けていらっしゃる。今日はちょうど立冬の日であったが、いかにもそれと、さっと時雨れて、空の様子もまことに物寂しい。一日中物思いに過されて、

 「過ぎにしも今日別るるも二道に

  行く方知らぬ秋の暮かな」

 「亡くなった人も今日別れて行く人もそれぞれの道に

  どこへ行くのか知れない秋の暮れだなあ」

 なほ、かく人知れぬことは苦しかりけりと、思し知りぬらむかし。かやうのくだくだしきことは、あながちに隠ろへ忍びたまひしもいとほしくて、みな漏らしとどめたるを、「など、帝の御子ならむからに、見む人さへ、かたほならずものほめがちなる」と、作りごとめきてとりなす人ものしたまひければなむ。あまりもの言ひさがなき罪、さりどころなく。

 やはり、このような秘密の恋は辛いものだと、お知りになったであろう。このような煩わしいことは、努めてお隠しになっていらしたのもお気の毒なので、みな書かないでおいたのに、「どうして、帝の御子であるからといって、それを知っている人までが、欠点がなく何かと褒めてばかりいる」と、作り話のように受け取る方がいらっしゃったので。あまりにも慎みのないおしゃべりの罪は、免れがたいことで。



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