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末摘花

第二章 若紫の物語

紫の君と鼻を赤く塗って戯れる

 

本文

現代語訳

 二条院におはしたれば、紫の君、いともうつくしき片生ひにて、「紅はかうなつかしきもありけり」と見ゆるに、無紋の桜の細長、なよらかに着なして、何心もなくてものしたまふさま、いみじうらうたし。古代の祖母君の御なごりにて、歯黒めもまだしかりけるを、ひきつくろはせたまへれば、眉のけざやかになりたるも、うつくしうきよらなり。「心から、などか、かう憂き世を見あつかふらむ。かく心苦しきものをも見てゐたらで」と、思しつつ、例の、もろともに雛遊びしたまふ。

 二条の院にお帰りになると、紫の君、とてもかわいらしい幼な娘で、「紅色でもこうも慕わしいものもあるものだ」と見える着物の上に、無紋の桜襲の細長、しなやかに着こなして、あどけない様子でいらっしゃる姿、たいそうかわいらしい。古風な祖母君のお躾のままで、お歯黒もまだであったのを、お化粧をさせなさったので、眉がくっきりとなっているのも、かわいらしく美しい。「自ら求めて、どうして、こうもうっとうしい事にかかずらっているのだろう。こんなにかわいい人とも一緒にいないで」と、お思いになりながら、例によって、一緒にお人形遊びをなさる。

 絵など描きて、色どりたまふ。よろづにをかしうすさび散らしたまひけり。我も描き添へたまふ。髪いと長き女を描きたまひて、鼻に紅をつけて見たまふに、画に描きても見ま憂きさましたり。わが御影の鏡台にうつれるが、いときよらなるを見たまひて、手づからこの赤鼻を描きつけ、にほはして見たまふに、かくよき顔だに、さてまじれらむは見苦しかるべかりけり。姫君、見て、いみじく笑ひたまふ。

 絵などを描いて、色をお付けになる。いろいろと美しくお描き散らしになるのであった。自分もお描き加えになる。髪のとても長い女性をお描きになって、鼻に紅を付けて御覧になると、絵に描いても見るのも嫌な感じがした。ご自分の姿が鏡台に映っているのが、たいそう美しいのを御覧になって、自分で紅鼻に色づけして、赤く染めて御覧になると、これほど美しい顔でさえ、このように赤い鼻が付いているようなのは当然醜いにちがいないのであった。姫君、見て、ひどくお笑いになる。

 「まろが、かくかたはになりなむ時、いかならむ」とのたまへば、

  「うたてこそあらめ」

  とて、さもや染みつかむと、あやふく思ひたまへり。そら拭ごひをして、

  「さらにこそ、白まね。用なきすさびわざなりや。内裏にいかにのたまはむとすらむ」

  と、いとまめやかにのたまふを、いといとほしと思して、寄りて、拭ごひたまへば、

  「平中がやうに色どり添へたまふな。赤からむはあへなむ」

  と、戯れたまふさま、いとをかしき妹背と見えたまへり。

 「わたしが、もしこのように不具になってしまったら、どうですか」

  と、おっしゃると、

  「嫌ですわ」

  と言って、そのまま染み付かないかと、心配していらっしゃる。うそ拭いをして、

  「少しも、白くならないぞ。つまらないいたずらをしたものよ。帝にはどんなにお叱りになられることだろう」

  と、とても真剣におっしゃるのを、本気で気の毒にお思いになって、近寄ってお拭いになると、

  「平中のように墨付けなさるな。赤いのはまだ我慢できましょうよ」

  と、ふざけていらっしゃる様子、とても睦まじい兄妹とお見えである。

 日のいとうららかなるに、いつしかと霞みわたれる梢どもの、心もとなきなかにも、梅はけしきばみ、ほほ笑みわたれる、とりわきて見ゆ。階隠のもとの紅梅、いととく咲く花にて、色づきにけり。

 日がとてもうららかで、もうさっそく一面に霞んで見える梢などは、花の待ち遠しい中でも、梅は蕾みもふくらみ、咲きかかっているのが、特に目につく。階隠のもとの紅梅、とても早く咲く花なので、もう色づいていた。

 「紅の花ぞあやなくうとまるる

   梅の立ち枝はなつかしけれど

  いでや」

 「紅の花はわけもなく嫌な感じがする

   梅の立ち枝に咲いた花は慕わしく思われるが

  いやはや」

 と、あいなくうちうめかれたまふ。

  かかる人びとの末々、いかなりけむ。

 と、不本意に溜息をお吐かれになる。

  このような人たちの将来は、どうなったことだろうか。


 

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