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第三章 紫の君の物語 新手枕の物語

3. 新年の参賀と左大臣邸へ挨拶回り

 

本文

現代語訳

 朔日の日は、例の、院に参りたまひてぞ、内裏、春宮などにも参りたまふ。それより大殿にまかでたまへり。大臣、新しき年ともいはず、昔の御ことども聞こえ出でたまひて、さうざうしく悲しと思すに、いとどかくさへ渡りたまへるにつけて、念じ返したまへど、堪へがたう思したり。

  御年の加はるけにや、ものものしきけさへ添ひたまひて、ありしよりけに、きよらに見えたまふ。立ち出でて、御方に入りたまへれば、人びともめづらしう見たてまつりて、忍びあへず。

 元日には、例年のように、院に参賀なさってから、内裏、春宮などにも参賀に上がられる。そこから大殿に退出なさった。大臣、新年の祝いもせず、故人の事柄をお話し出しなさって、物寂しく悲しいと思っていられるところに、ますますこのようにまでお越しになられたのにつけても、気を強くお持ちになるが、堪えきれず悲しくお思いになった。

  お年をとられたせいか、堂々たる風格までがお加わりになって、以前よりもことに、お綺麗にお見えになる。立ち上がって出られて、故人のお部屋にお入りになると、女房たちも珍しく拝見申し上げて、悲しみを堪えることができない。

 若君見たてまつりたまへば、こよなうおよすけて、笑ひがちにおはするも、あはれなり。まみ、口つき、ただ春宮の御同じさまなれば、「人もこそ見たてまつりとがむれ」と見たまふ。

 若君を拝見なさると、すっかり大きく成長して、にこにこしていらっしゃるのも、しみじみと胸を打つ。目もと、口つきは、まったく春宮と同じご様子でいらっしゃるので、「人が見て不審にお思い申すかも知れない」と御覧になる。

 御しつらひなども変はらず、御衣掛の御装束など、例のやうにし掛けられたるに、女のが並ばぬこそ、栄なくさうざうしく栄なけれ。

  宮の御消息にて、

  「今日は、いみじく思ひたまへ忍ぶるを、かく渡らせたまへるになむ、なかなか」

  など聞こえたまひて、

  「昔にならひはべりにける御よそひも、月ごろは、いとど涙に霧りふたがりて、色あひなく御覧ぜられはべらむと思ひたまふれど、今日ばかりは、なほやつれさせたまへ」

  とて、いみじくし尽くしたまへるものども、また重ねてたてまつれたまへり。かならず今日たてまつるべき、と思しける御下襲は、色も織りざまも、世の常ならず、心ことなるを、かひなくやはとて、着替へたまふ。来ざらましかば、口惜しう思さましと、心苦し。御返りに、

  「春や来ぬるとも、まづ御覧ぜられになむ、参りはべりつれど、思ひたまへ出でらるること多くて、え聞こえさせはべらず。

 お部屋の装飾なども昔に変わらず、御衣掛のご装束なども、いつものようにして掛けてあるが、女のご装束が並んでないのが、見栄えがしないで寂しい。

  宮からのご挨拶として、

  「今日は、たいそう堪えておりますが、このようにお越し下さいましたので、かえって」

  などとお申し上げになって、

  「今まで通りの習わしで新調しましたご衣装も、ここ幾月は、ますます涙に霞んで、色合いも映えなく御覧になられましょうかと存じますが、今日だけは、やはり粗末な物ですが、お召し下さいませ」

  と言って、たいそう丹精こめてお作りになったご衣装類、またさらに差し上げになさった。必ず今日お召しになるように、とお考えになった御下襲は、色合いも織り方も、この世の物とは思われず、格別な品物なので、ご厚意を無にしてはと思って、お召し替えになる。来なかったら、さぞかし残念にお思いであったろう、とおいたわしい。お返事には、

  「春が来たかとも、まずは御覧になっていただくつもりで、参上致しましたが、思い出さずにはいられない事柄が多くて、十分に申し上げられません。

  あまた年今日改めし色衣

   着ては涙ぞふる心地する

  何年来も元日毎に参っては着替えをしてきた晴着だが

   それを着ると今日は涙がこぼれる思いがする

 えこそ思ひたまへしづめね」

  と聞こえたまへり。御返り、

 どうしても抑えることができません」

 と、お申し上げなさった。お返歌は、

 「新しき年ともいはずふるものは

  ふりぬる人の涙なりけり」

 「新年になったとは申しても降りそそぐものは

   老母の涙でございます」

 おろかなるべきことにぞあらぬや。

 並々な悲しみではないのですよ。



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